「随分と早い帰還だな、ビバーチェ。…ということはつまり、答えを聞いてきてくれたのだろう?」
ジャバウォックは彼女に背を向けたまま低く通る声で訊ねるとビバーチェは羽をしまいその場で静かに跪いた。
「はい。………我等を封印から解き放った類い稀なる力を持つ少女は…ジャバウォック様の望みを拒否なされました。」
そこに普段の面影は全くない。胡散臭い口調と常に落ち着きのないのビバーチェも主の前ではこうも変貌してしまう。別に取り繕ったわけではなく、本心だ。

「ご苦労。…貴様は実に優秀な部下だ、毎回私の期待通りに動いてくれる。しかし…だ。言われたことをするだけならガキでも出来る。そうだろう?」
ジャバウォックの必要以上の要求を言わずとも既にビバーチェは前々から予測し、頭に入れていた。
「少女アリスは異世界の住人でいずれは元にいた世界に帰らなければならず、故にアリスにとって異世界の住人とは結ばれるわけにいかないと…。」
直接言葉を交わしていないが脳内で行ったやり取りに嘘偽りはない。
「…異世界…か。私を阻むものは越えられぬ線ばかりだ。」
そう呟いたジャバウォックはどこか懶い顔で足元を見下ろす。

「前もそうだ、この国…いや、この世界の民衆は我等を人ならざる者というだけで抗いもしない命をどれだけ刈り取った?私は…人の娘に想いを寄せただけで何故あのような…。」
誰にも滅多に見せることのない、魔王と呼ばれし者の過去をひどく嘆く姿。悲哀を纏った背中にいつもの威厳か感じられなかった。

嘗て彼は人間の少女に恋をした。

無垢で純粋なまだ悪をよく知らない純粋な乙女だった。種族の壁も関係無く、お互いに愛しあっていた。しかし、自身が人にとってたちの悪い破壊の力を持っていると知れ渡ると人々は皆、ジャバウォックを含む魔物達を殲滅しにかかつまたのだ。多くの魔物達は逃げ惑い、助けを求めながらなぶり殺されていった。一部は抗ったものの、人間の武力と知力こ前には及ばなかった。

ジャバウォックもひたすら訴え続けた。少女も一緒になって叫んだ。危害を与えないと、争いはしたくないと。だが、少女は裏切り者のレッテルを貼られ、目の前で人々により処刑された。

ジャバウォックが己の力を使ったのはこの時が最初だった。怒りに我を忘れ、憎しみの炎で焼け野原に染めた。長い戦争の末、ジャバウォックは一人の名も無き勇者に閉じ込められたのだった。

「…ジャバウォック様…。」
ビバーチェも、住んでいる村を焼かれ同じように封印された。彼女は運が良いのか悪いのか、身動きは取れずとも意識はあった。そのため、森の外の人へテレパシーで言葉を送ることはできても動けない。人への怨念を募らせながら目覚めの時をずっと待っていた。
今目が覚めた魔物の多くは復讐せんと飛び出していっただろうが、ジャバウォックもそう思う半面でまだ儚い希望を抱いていたのだ。

「……あの災いをもたらしたのは私だ。私が悪いんだ。…だがビバーチェ、私は何か間違っていたか?」
ビバーチェは俯いた顔をあげ力強く横に振った。
「間違っていません。ジャバウォック様は何も悪くありませんわ!悪いのはこちらの言葉に耳を傾けることすらしなかった人間共です!」
「………………。」
するとジャバウォックはやっと彼女と面と向いた。その表情は絶対の自信からなる余裕に満ちた笑みをいっぱいに浮かべていた。
「フン…いいか、まずこの世界を始めに我が物にする。罪には罰。人を根絶やしにしてやる。」
彼も膝を下ろし、目線を合わせる。至近距離に彼の顔があるものだから僅かに首を後ろに引く。
「アリスもまとめて…殺してしまうのですか?」
おずおずと問うビバーチェの顎にジャバウォックはそっと指で持ち上げた。
「彼女を早急に見つけ、死守するのだ。私はまだ別にやらねばならぬことがある。」
信頼を寄せられているのは嬉しいこと。それ以前に彼女は、艶かしい女の顔になっていた。
「…畏まりました、ジャバウォック様。」
きっと自分の想いに気付いていながらその心を野望のために利用しているのだとビバーチェは薄々感じて尚、自ら望んで利用されることに僅かな喜びを感じながら今日もまた言われるがままを受け入れていくのであった。





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