しかし槍は強靭な前足の一振りで軽々と弾き飛ばされてしまい、くるくると長い柄を回転させながら遠方の樹にぶつかり落ちた。
「やっぱ普通の武器じゃ…。」
駄目元だとわかっていての先手攻撃だったらしい。人を乗せているせいで、そちらに気を遣うばかりで本来の力を十分に発揮出来ないのだ。
「おらは争うつもりはねぇ。こいつも降ろすしお前らにはなにもしない。」
一方、バンダスナッチは反撃も逃亡もしない。兵士である以上人に危害をくわえるかもしれない野獣を前に警戒心を緩めるわけにはいかない。逃げるなんてもってのほかだ。たとえ武器を失おうとも。
「いや、絶対にお前はここで倒す。被害は最小限に食い止めたいからね。」
微かに青色を帯びた円らな瞳がじっと見下ろす中、カルセドニーも行く手に立ち開かった。
「あんた一人に手柄を持ってかれるわけにはいかない。首を持って帰るのは私なんだから。」
彼女にとってバイトと同じ感覚でしかないものだから物騒なことも平然と言ってのける。実際、バンダスナッチともう一匹の首は誰もが喉から手が出る程の価値があった(億がかかるほどである)。ヘリオドールは世間に疎いため懸賞金の事も知らないのだが。
「…………。」
金の餌食にされていることなど聞いても実感が湧かない。
「…ようわかんねぇけど信じてくんねえなら縛るなりして見張ってくれ。」
「急になんだい?ご生憎だけど僕にそんな趣味はごっはぁっ!!?」
そこは相手の発言にどのような意味が隠れているのか探りを入れるとこだろうが何を誤って捉えたかしどろもどろな反論をするヘリオドールに苛立ちを隠しきれないカルセドニーは彼の脇腹を思いっきり蹴った。エヴェリンもアリスも同情の目で樹の幹に体を打ち付ける彼を見つめた。
「つまりあんたが暴れないよう私達が監視しとけってことぉ?めんどくさいけど、もし下手な真似したらぶっ殺すからね。あと早くソレ下ろしなさい。」
淡々と命令を下す彼女に道の脇にへたりこんだヘリオドールが意義を申した。
「ひぇえ?あの場所へ一緒に連れていくの!?」
耳を傾けようとはしなかった。
「………………。」
そしてバンダスナッチも素直に彼女の命令に従ってゆっくりと脚を畳んで道の真ん中に巨体を伏せた。片腕が思い通りにならないため多少手間取ったがなんとか時間をかけてエヴェリンもその地に足を下ろした。
様子を一通り見ると目の前にいる女の子よりも人扱いが丁寧だとアリスは染々感じる。

「争いごとは嫌いだな。大人しくついていく。おらにはまだやることあるからまだ死にたくないんだな…。」
しまいには頭も尻尾も地に伏せる。こうしてみると案外可愛い(と思ったのはアリスだけだった)。
「あんたが考えていることがつくづくわかんなくなってきたわ。んー…そこまで言うならいっか。もたもたしてると他の魔物も来て厄介なことになるから行きましょ。」
まだ皆の不安を拭いきれぬまま、一同は一人の異国者と人の仇となるべし封印から解き放たれた異世界の魔物を加え、結界の外、世界を救う手がかりが隠された秘密の空間へ足を踏み入れたのだった。



――――――………


所変わって此処は地下帝国。

「ただいま帰りました、ジャバウォック様。」
燃え盛る炎の羽を背中から広げ火の粉を舞い上がらせながら地に降り立ったのはジャバウォックの忠実なる下僕であるビバーチェだった。ジャバウォックが居た場所は墓地。長き間己の身を納めていた棺がそのままの位置で置いてある。他にも、ビバーチェを含む同志、家族、友人と地下帝国の多くの住民の棺もあった。
蓋が開いて中に誰もいないものは、「封印されたて」形だけは死亡扱いされた者のいた棺。
蓋が閉まって十字の杭が刺さっているものは二度と生き返ることのない者が眠る棺。この棺の蓋が再び開くこともない。
前者の棺にいた者は全員が同時に封印を解かれた時に目を覚まし、地上へと出ていったのだ。








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