「ついてきたらわかる。…不安も感じなくていいし難しいことも考えなくていいわ。」
とだけ言い残したカルセドニーは後ろの様子をうかがおうともせず一人でさっと進んでしまう。
「…………うん。」
アリスにはもう拒否権は無い。これから一体どんなことが異世界から飛び込んできただけのまだ若い少女を待ち受けているのかわからない。ほんのすこしの好奇心が世界すら巻き込んでしまう事態に成りうるなんてるうちに経験することはまずあり得ない。

でも、現に起こっているなら仕方がない。

「僕がいるから大丈夫だよ。」
適当な慰めのつもりで声をかけたのか知らないがアリスにとっては彼がとても頼もしく感じた。
「ありがとう。行くわ。なんとかなるならそうしなくちゃ。」
ヘリオドールの言葉に背中を押され、一歩境界線を跨いだ。その時、遠くの方から地響きするぐらいの足音がこちらに向かって近付いてくる。
「まあ、地震!?」
「いやこれは魔物の足音だよ、一匹なら倒せ…。」
どしん、どしんと大地を揺らす足音はとても速い。動く黒い点だったのがみるみるうちに形を露にする。謎の生き物は道をひたすら駆け走る、恐ろしい速さで。
「まさか嗅ぎ付けてくるなんて最悪だわぁ〜…ん?…マジ最悪なんですけど。」
いつまでたっても後の気配を感じないのもあり渋々立ち止まって振り返るカルセドニーは表情をひきつらせた。
「…セドニー、アリスを頼んだよ。」
ヘリオドールはゆっくりと深呼吸をしてから足を前後に開き中腰に槍を構える。彼も立派な兵士、身に纏う雰囲気ががらりと変わった。
「アリスちゃん、私の後ろにさがって。一応、ね。」
しかしアリスはただ呆然とある一点を見て動こうとしない。
「あれ…上に誰か乗っているのって…。」
比較的視力のいいアリスとは違ってカルセドニーはやや前のめりで眉に皺を寄せながら凝視した。
「はぁぁぁあ!?そんな馬鹿な…え、えぇぇえうっそでしょ!!?ヘンリー、魔法の迎撃はダメよ!」
二度見ぐらいしてようやく視認した。指示通りヘリオドールは構えたまま微動だにしないが、余計な緊張感に冷や汗が頬に流れる。
「迂闊に手を出せないように…そんな知能があったなんて…!」
謎の生き物がついにアリス達のすぐ目の前に追い付く。その風貌はまさしく獣。

灰色の毛皮に包まれた身体はずんぐりとしており例えるなら身体は熊だが耳と尻尾は狼の。丸い顔と円い小さな瞳は見ようによっては愛らしいが、鉄の枷がはめられた前足を含む四肢から生えた鋭く尖った鉤爪は見る人に恐怖を与える。しかも、その体躯は巨大で実際の熊よりも二倍近くはある。横腹には一本の矢が刺さりそこからは血が滴り流れていた。
「バンダスナッチ…君も目が覚めただろうよ。しかし君からお目見えになるなんて。」
槍を握る両手に力がこもる。見上げるのがやっとな三人は上に要る誰かの姿を把握することができない。

「…おらは元々お前ら人間と争うつもりはねぇ。」
なんと人の言葉を喋りだしたのだ。口を開けずに。 
「アリスー!ぼっ、僕です!エヴェリンです!」
頭の上からひょっこりと上半身を覗かせたのは途中ではぐれてしまった仲間であるエヴェリンだった。負傷した腕を白いギプスでしっかりと固定してもらっている。
「腕の方は大丈夫なの?どうしてあなたがこんなところに?」
アリスの呼びかけにエヴェリンは無事な方の腕を大きく振った。ヘリオドールも事の意外さに驚きあきれてぼんやりする。
「なんとか大丈夫です。僕のいたコロシアムも魔物の襲撃に遭って、逃げ遅れた僕を助けてくれたんですよ。」
やはりどこもかしこも相当な範囲で被害を被っているらしい。バンダスナッチと呼ばれた魔物が度々首を軽く振る。
「怪我人優先だ。安全な所探してたらこいつさ仲間見つけたゆうたで追いかけたら足止めを食らったんだな。」
その足止めはきっと腹部に刺さった矢と関係があるのだろう。
「随分田舎くさいしゃべり方するのね。」
ふとしたアリスの一言には黙って首を傾げた。その時、ヘリオドールが握っていた槍を化物の胸元目掛けて渾身の力で投げた。
「おしゃべりもそこまでだ!」
矢でさえあの怪我の具合なら皮膚は決して頑丈なわけではない、あんなもの刺さった場合はあれよりもっと酷い傷を負ってしまう。アリスは目を強く瞑る。








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