かわりに返ってきたのはひとつの溜め息。
「ま、悪趣味なゲームとやらがなくなったのは清々したわ。普段あまり仕事ないくせに急に駆り出されてしかも同じ給料なのよぉ?バイト一つやめなくちゃいけなくなるし…。」
次第に働く者の愚痴を聞かされていた。アリスはまだ子供、共感しようにもしにくいものがある。
「大変なのね。」
ただ、ろくな慰めの言葉もかけられないのなら何も言わなければよかったと口に出してから後悔した。
「バイト?何をやめるつもりなの?ていうか…何々やってたっけ。」
ヘリオドールがその手の話に関心を見せる。カルセドニーには指を折り数えた。
「んーと…ウェイトレスに新聞配達に駅の清掃員と週二で運送屋、やめるとしたら遊園地のマスコットキャラクターのやつ。時給安いし。」
「…………。」
ファンタジーな異世界で物凄く現実的な話を耳にしてしまった。何処の世界でも働くという事はやはり過酷なのだ…と言いたいが彼女は限度を超えている。体も一つしかないのにそこまで掛け持ち出来るのか、此れはやめて良かったのではないかとしみじみと思った。
「なーんか、バイト感覚でこの仕事も引き受けたのに本業っぽくなっちゃったしぃ。勘弁勘弁。」
「本業じゃないの?」
アリスの質問に気だるそうに語ってくれた。
「たまたま「赤のビショップの枠が空いてる」って話を聞いたから募集かける前にこっちから雇ってっていったの。すんなりオッケーしてくれたわ。」
どの世界でも色々あるみたいだ、改めてアリスは納得する。 ということはつまり後ろにいる同僚もそんな感じの流れで雇われているのかもしれない。
「ちょっと待ってよ、僕もバイトみたいに思われるじゃん。」
ごもっともだ。
「あーあんたは確か…賄賂?」
アリスは、これ以上触れてはいけない気がしてならなかった。早速向こうから「違うよ!」と否定する声が聞こえたが。
「僕は親に無理矢理…。」
「てーかそんな話はどーでもいいの!」
勝手に飽きたからといって勝手に打ち切られてしまった。ヘリオドールの立場といったらない。
「にしてもほんっと不思議だわぁ。あの封印を解くには自由の鍵がないと不可能なのよ。」
人差し指を上に立てて円を描く。カルセドニーは何か考え事をしながらただ独り言を喋っているだけのようだった。
「自由の鍵の保有者はこの世界で一人だけ〜…で、その人は…。」
アリスの脳裏にはすぐさま「その人」の顔が過った。クイズにでも答えるみたいに人の名前を呼称する。
「フィッソンさんね!」
まさか独り言を会話と間違われるのは予想だにしていなかったのでしばらく口を紡いだ。
「…あんたが知ってるのは意外って言っていいのかしら?話が早くて助かるけど、その通りフィッソン「様」よ。でも誰かさんがフィッソン様を迂闊に入れぬよう結界を張ったの…私なんだけどね。」
最後の一言だけひどく小声で聞き取ることが出来なかった。
「じゃあ違う誰かが鍵を持って入ればいいじゃない!でも残念、鍵は人を選ぶのよ。」
しかしアリスは相手の話を余所に尚更深まった疑問をぶけた。
「フィッソンさんって何者なの?」
その問いにすぐに答えは返ってきた。
「この国じゃ身分が高くなくても大規模な集団のリーダーを務めている人を「君」って呼んでるの。」
それはそれで何のリーダーを彼は担っているのか気になるところだったが、アリスにしては珍しく質問することのほどでもなかったらしい。そういう時に限ってやたら後ろの人は付け加えてくる。
「不死鳥の君はこの国を住処にしている動物や獣人の統括者なんだよ。」
「大規模すぎる!?」
予想を上回る力の保持者だということが明らかになった。意外が過ぎて素頓狂な声をあげてしまう。とはいえ、実際動物の頂点に(仮にも)人間が立つのは可笑しな話だ。でも本当の姿がアリスにも見せた「あれ」ならばわからなくもない。色々と余計な事を考えたせいで頭の中がこんがらがった。
「んで話を戻すけど、鍵を持っててもそいつの力を目覚めさせることができなくちゃ世界のありとあらゆる封印を解く自由の鍵もドアしか開けられない普通の鍵と一緒。アーユーレディー?」
相手も自分と同じ前を向いているのでわからないだろう。今のアリスといったら顔色を悪くして微かに息も細くなり震えている。
「怪しいやつがいなかったか白のビショップに聞き取りに行かせてみたけどそこの番人が知らぬ存ぜぬの一点張りで…。」
肝心の扉がある森の番人なら見覚えがあった。しかも会ったのはつい最近、今日の出来事だ。
「そんなのおかしいわ!」
ただ、アリスが正直に思ったまんまを言葉にしてしまったものだからとぼけているようで勘の良いカルセドニーは真っ先に彼女を疑った。
「なにが、おかしいの?」
たった一言の質問にアリスは激しく動揺する。
「え…ひえっ、なにもおかしいことはないかも、しれないわ!」
動揺がすぎて言葉も滅茶苦茶におかしかった。
「あははそんなピリピリしたら言いにくいでしょ?…でも、なんだか会ったことある言い方だよね。」
さりげなく庇ったヘリオドールは母親に叱られて泣きじゃくる子供を宥める父親みたいな温かい包容力を持っていると思いきや後からアリスを悪気なく追い詰めたのだった。






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