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アリスが居たのは相対の国の、どこかの森だ。説明するのも不要なほどこのような光景は何度も何度もこの目で見てきた背の高い針葉樹に囲まれた薄暗い樹海。例の空間へ行く前、アリスと付き人であったシフォンは会場を出てから近くにあった井戸のそばに隠れたのだ。アリスはさておき、シフォンの場合は見つかると後が厄介である。仕事放棄しているのと同じなのだから。

それどころか、シフォンはアリスさえも放置してしまった。正確に言えば放置したのではないのだが。
「私がいない「ちょっとの」間に何が起こったっていうの?」
ただ、この森はおかしい。アリスは冷や汗を滲ませながら太い樹の後ろに身を潜めていた。それもそのはず。彼女がこの森に来たときから明らかに容態が変だったのだ。

鎧をしっかり着込んだ沢山の兵士が槍や剣を突きだしながら森を駆け抜けたと思いきやその直後、得体のしれない巨大な獣の群れが追いかける。それに気づいた数人の兵士が引き返して応戦しているのが今アリスが見ている現状だ。
「まるで戦争じゃない!あのコロシアムなんて比べ物にならない、これはもう殺しあい…。」
一瞬、レーザーが走る音が頭上で鳴った。事態がわからずそっと振り向く。
「…まあ…なんてこと……。」
背凭れにもちょうどよかった樹が自分とほぼ同じ高さになっていた。焼け焦げた切断口から白い煙がのぼっている。しかしアリスが驚いたのはそれだけではない。

これこそゲームに出てきそうな、異形のもの。蝙蝠の羽を生やした凡そ三メートル程ある宙に浮く目玉。いくら魔法と剣のファンタジー溢れる不思議な世界ならこの手の化け物はお約束だとしても、自分は偶然迷いこんだだけの能力的にはそこらへんにいるモブに等しいのだ。
「あ…これ死んじゃう…。」
アリスの瞳孔が小さくなる。化け物の倍の大きさはある瞳がぎらりと赤い光を灯した。 最期を覚悟するには与えられた時間はあまりにも短すぎた。

次の瞬間、アリスの遥か上を細長い物体が後ろから飛来した。それは金の柄の三叉矛。化け物の胴体でもある眼球の真ん中に見事命中する。
「ほえ?」
思わず拍子抜けした声が漏れる。空気を震わせかねない断末魔を上げながら羽をばたつかせ、もがき暴れだす。
「いけどーん!!」
三叉矛が飛んできた方向から何処かで聞いたことある気がする女の声を合図に、化け物は向こうへ吸い込まれていくかの如く音を立てて吹っ飛んでいった。風で木の葉が舞い上がる。

「どえええっ!?…え、え?」
自分の身の危機も感じて頭を両手で庇い腰を屈めるが、待ってみても音沙汰無いので顔を上げてみると先程アリスを襲いかけた化け物の姿はどこにも見当たらない。
「はぁー、金にならないんなら尚更沸いてくんじゃないわよぅ。」
その代わり現れたのは、会場内で司会と話していた女性と隣には見知らぬ若い男性だった。
「今のはマジックアイだから密猟したらいいもの手に入ったのに…。」
男性はなよなよした声で話しかけるも、女性の方はたいそう気分がよろしくなかった。
「そいつも高値で売れなきゃ意味ないの!あぁーんもうなんとかボールならまだ良かったのにぃ!」
腕を組んでそっぽを向く。男性はアリスに手を差し伸べた。
「大丈夫?怪我はない?」
最初は少し躊躇うも、優しそうなその笑顔から怪しい気配は感じなかったのでアリスは手を取りゆっくりと立ち上がった。
「ありがとう。怪我は…ないわ。」
親切心に対して御辞儀をすると丁寧に会釈して返してくれた。
「そりゃよかった。僕はヘリオドール…しがない雇われ兵士さ。あの子はカルセドニーで同僚だよ。」
ついでに相方の紹介までしてくれた。萌木色の髪に銀色の目。肩当てと厚い木の板を型でくり貫いた盾を手に持っているあたりは彼も兵士の一員だと窺わせるが、服装はどちらかといえば(アリスからしてみれば)僧侶のほうが近い。
「あの子とかキモいんですけど。」
カルセドニーと呼ばれた女性が横目で睨む。それに対し反論するどころか弱腰になって訊ねる。
「えー…じゃあなんて言えばいいの…。」
「まず自分の事は自分で紹介できますのでいちいちついでに言うのやめてくださいね。」
嫌みたらしく言われて黙りこむ。八の字に下がった眉、同僚といえど垣間見える上下関係、頼り無さげな雰囲気を全面に醸し出していた。それはそうと、相手から名乗られて自分は何も言わないわけにはいかない。

「あ、あの…っ、私の名前はアリスっていうの。気づいたらこんなところにいて…。」
アリスの名前を聞いた途端、彼女に見向きもしなかったカルセドニーが急に好奇の眼差しを送る。
「アリス…?貴方…まさか、このアリスだったりする?」
そう言いながら白衣の裏ポケットから一枚の新聞紙を取り出してアリスに見せた。そこには太い見出しで「一人の少女が国を解放」と書かれ、歓喜に沸く人々が写ったモノクロ写真の下に「少女の名はアリス・プレザンス・リデル(14)。猫が好きな良家の娘である。」と誰に断って聞いたかわからない情報まで掲載されていた。
「え…ええ、そのアリスは私ね。」
若干引いてぎこちない笑みを浮かべる。
「へー猫好きなんだあー…僕も家に数十匹どぅわっ!?」
話題にのっかかろうとしたヘリオドールを片手で突き飛ばしたカルセドニーは燦々と瞳を輝かせアリスの手を自分の胸元で握りしめた。






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