だが、シフォンはシュトーレンの反応が可笑しかったのか持っている傘の先で相手の腹を執拗につつく。
「ぐえっ、いてっ…そこ腹じゃねえ鳩尾…ん?ふべっ!?」
「飽きた。」
あろうことかその先で頬を叩いたのだ。まだ買ったばかりで本来の機能すらはたしていない新品の傘はまるでゴルフクラブのように雑に扱われる。しかも先は磨り減っていた。
「誰にもぶたれたことないのに。」
赤くなった箇所を押さえ、先ほどとは違う意味で体が震えていた。少なくとも、傘でぶたれたことはないだろう。そしてシフォンは扉の方に面と向いた。

「ぐずぐずするな。ガキじゃないんだから早く立て。帰るぞ。」


にわかに信じられなかった。腰を下ろしたまま泣き腫らした顔で茫然と見上げる。
「………どこに?」
期待はしていないし、もしかしたら最後に彼が送り届けてくれるのかもしれない。考えるとしたら後者しかないが、さっきの理不尽な攻撃のせいで頭がすっかり空っぽになってしまったのだ。
「どこに…って、生まれ故郷に決まってるだろう。ふん、これじゃあまるで僕が悪者みたいじゃないか。」
そっぽを向いてるから表情こそ見えないものの、若干拗ねているのが声や言葉からうかがえる。いくら年相応に振る舞っていてもシフォンの見栄を張る癖が要らぬところで出てしまうからどうしても子供のように見られがちである。
「…シフォン、それって…。」
曖昧な言い方しかしてくれないがこれは望んだ方向に傾いたといっても過言ではないただろう。シュトーレンの生まれ故郷はたったひとつしかない。

「お茶会が無くなったとはいえお前の手が空くことはない…ぶわっ!!」
シフォンもついに懲りて本筋を話そうとしたが前置きが長く、最後まで言い終わるまでに感極まったシュトーレンの猛烈なるタックルでおじゃんになった。
「やったー!!俺、ここにいてもいいんだ!わーい!!」
でかい図体してやはり中身はまだ子供だ。単純で佳くも悪くも素直である。一方でシフォンは彼の腕を首に回され擦り寄られ、髪と服も乱れその上圧迫されてと散々だった。悪い気はしないどころか、不愉快でしかない。
「ええい、離れろ!嫌みか!上からそうやってくるのは背の低い僕へ対しての嫌みなのか!?」
両手に力を入れてなんとか引き剥がそうとするが、相手の力のほうが思ったより上だった。嫌でも更に密着してくる。心底虫酸が走る思いだ。

「結論はついたのかな?」
そんな二人のやり取りを黙って聞いていたジョーカーが頃合いを見計らって話を切り出した。背を向けたまま。
「まあご覧の通り…かな。そうだ、それより僕にまだ話があったんじゃあ…。」
頬擦りなどされるがままのシフォンがふと思い出した、彼との話が終わってないことを。しかし、ジョーカーは興醒めしたらしい。
「もういい。後日話そう。」
パチンと指を鳴らす。すると、アリスの時と同じ穴が今度はシフォン達の足元に現れた。しかも、親切に二人分の大きさはある。
「え…な、うわあああああ!?」
違うところはこちらは奥まであるちゃんとした穴だということだ。急に地に足がつかなくなった感覚はさぞかし恐ろしいものだろう。穴は閉じて元通りになるが、しばらく床下から悲鳴が聞こえた。

「気付いたのならそれで構わない。…さて、傷が乾いてきたということは空間も縮小を始める頃。人は体に傷をつけられれば血を流し心に傷をつけられれば涙を…む?」
静かになった部屋でやたら気取ったように偉人が遺した台詞に似た独り言を呟いていると、走馬鏡がおのずから外の世界を映し出したのであった。急ぎ足で走馬灯の前まで歩み寄り、そこに見える景色を凝視した。

「………時間のずれが生じている…?」
真剣に鏡と睨み合う。よく見るとその景色はアリスのいる場所だった。それにしては、其処はとても荒れており、見るに堪えぬ程の悲惨極まりない戦場と成り果てていた。
「彼女、シフォンらも全て相対の国に送り返したはずだが…ふむ、間違ってはいない。いやはやこれは如何に…。」
干渉の出来ないジョーカーは羽ペンの先を口で咥えて高みの見物を決め込んだ。


この時は誰も予想だにしなかっただろう。

大きくなる影の存在と、世界が無理矢理一つに統合されようとしていることを神に近い者ですら見落としていたのだから。









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