だがジョーカーはあろうことか見向きさえしない。侵入者が、招かざる客が来たというのに一人狼狽えているシフォンがこの場ではやたらに浮いていた。おかしいのは自分ではないというのに。

「シュトーレンよ、まだ入ってよいとは言ってないだろ?」
背中越しに話しかける。
「えっ!?今のがそうじゃないのか?…お前、ん?アリス?」
シュトーレンは彼とは初のご対面である。面と向かい合ってはいないが気持ちは嫌でもわかるものだ。シフォンも時々、彼女と重ね合わせてしまうことは多々あるのだから。でも残念、アリスではない。
「私はジョーカー。君のパパみたいなものだよ。」
違う。
「パパじゃなくてそれを言うならママだろ?…産みの…親なのか?」
だから違う。と言いたくて仕方がないシフォンが悶々する。そもそも、自分を挟んでくだらないやり取りをしてほしくない。

「待てお前ら!!…ごほん、いや…君達。じゃない、なぜシュトーレンがここにいる?」
口調が乱れていることでいかに混乱しているかまるわかりだ。
「あのナイフを落とした時。」
ジョーカーが赤い指で差したのは床に落ちている同じ色を纏ったひとつのナイフ。
「この空間を短時間で拡張するには主の血を必要とするのだが…流れるほどの傷を負いたくない。あと、あのナイフは「殺人鬼御墨付き」だ。」
たいそう嫌なことをしてくれるものだが、ほとんど質問の答えになっていない。
「扉の外にまた新しい空間が出来たようなものだと思ってくれていい。そしてそこに呼び待たせておいてはテレパシーで「ずっと」あいつと話していたのだ。」
どこか自慢気に話されてもまだ沢山疑問が残るどころか増えてしまった。
「ずっとって…僕と絶え間なく話していたじゃないか。」
口を動かして喋っている時に脳内では他の誰かと全く異なる会話をしていたなど、考えられるだろうか。しかも会話となると相手の言葉を聞いて理解しなくてはならないのだ。脳みそが二つでもあるのならまた別の話だが、人間にしか見えない彼は人間と同じ構造をしているに違いないはず。
「口先ではね。でも案外難しいもので、時々喋っていることと混同してしまう。勘違いさせてしまったのには私にも負がある。」
とても想像がつかなかった。大体テレパシーそのものが出来ないのだから当然といえば当然だ。

「さて、話を戻そうか。…………はて、何の話をしていたか忘れてしまった。」

折角ジョーカー自身が会話の流れを整えようとしたのに肝心の本人の頭から抜けてしまったらしい。これではどうしようもない。
「今の話、本当なのか?」
シフォンの肩が微かに跳ね上がるなど、シュトーレンの声にいちいち過剰な反応を示す彼は自分でも「らしくない」と感じつつ、身体はどこまでも感情に正直だった。
「まさか、聞いていたのか?」
恐る恐る尋ねられた問いに首を縦に振る。
「テレパシー言ってもそれほど話してないから、待ってろといったあとはだだ漏れだったろう?」
と追い打ちをかけるジョーカーの言葉は耳に入らない。
「テンセイとか…よくわかんないけど…その…俺…いらない…いらない子だったとか…。」
生まれ変わった云々をシュトーレンは理解していない。でも、お払い箱、邪魔と言われつも何も勘づかないわけがない。
「違う、そういうことじゃない。」
ここは自分が冷静になり、一から順を追ってから誤解を解く必要がある。だが、相手が自分に求めているのはそんなものではない。
「だってそういうことじゃねえか!!俺がいない間に新しい奴そばにおいて!シフォンは結局俺のこと…あっ!!」
肩を掴んで激しく揺さぶる途中、うっかり口が滑ってしまった。慌てて口元を押さえても遅い。
「お前…僕のこと…忘れたんじゃなかったのか?」
しばらくして無駄な手をおろす。

「嘘ついて…ごめん…。ほんとは覚えてた。でも、そうしたらやり直せるかもって思っただけなんだ。」
顔を俯き、一歩引く。気のせいか、微妙に足元がふらついているように見えた。
「新しい仲間と話してるの…いいなって…今の俺のままじゃきっと嫌われる…忘れたってことにしたら…また一からやり直せる…て思ってた…。けど、嘘は良くない…よな。」
するとシュトーレンはシフォンを押し退けてジョーカーのすぐ真後ろに立った。






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