するとジョーカーは何を唐突に、懐から一本のナイフを取り出し、わざとらしくちらつかせる。
「その方が都合が良いだろう?面倒な事がひとつ減ったのだからな。」
彼等が記憶を取り戻してくれたのは皮肉にもジョーカーの言う通り、下手したら自ら赴かねばならぬ事になる。それよりシフォンが気になっているのは彼の持っているナイフだ。
「…そのナイフは?」
柄を下に向け、刃にそっと指を添えながら掌で包む。触れただけで切れてしまいそうな、随分と鋭利な刃だった。
「とある所に、一人の殺人鬼がいた。思惑は知らないが、彼は幸せそうな恵まれている人を狙って沢山沢山その手に殺めたそうな…。狡猾で悪知恵を働かそうにも限界があるほど殺した、しかしながら何故かばれることはなかった。」
まるで昔話でも語っているようで、またしても本筋から脱線する。
「ガナッシュ・ジェノワーズ、男性、年齢は不詳だがおそらく10代後半。出身も現住所も不明。…彼はアリスも殺そうとした。」
脈絡の無い話にうんざりして自分のちょうど真っ直ぐの目線にある本を眺めていたシフォンの表情が強張る。聞かれる前にジョーカーはついに、真相を明かす。

「アリスがここへ来る時の入り口を調べた。ガナッシュは彼女の家に侵入、しかしそう上手くはいかず揉み合っている際誤っ
て…入り口となった鏡に「二人一緒に」飛び込んでしまった。」
ジョーカー曰くアリス達自ら望んで訪れたのでなはく、単なる事故だという。それにしても摩訶不思議な偶然はあるものだ。その偶然のおかげで現にアリスは無事なのだが。

それともうひとつ、愚かな殺人鬼はどこへ消えたのか。察しはついたが答えを聞かない限りやはり謎のままである。

「君がお払い箱にした誰かさんは違う誰かとして、何処か別の世界で新たな命として産み落とされた。後は彼が歩むべき道だ、私はいちいち干渉しない。故に彼のそのあとを知らない。」
ナイフをおよそ物を普通に掴む程度の力で握る。刃が肉を切ったのか、指の隙間から一筋の滴が伝っては床に落ちた。ナイフを手放すことも痛いと声をあげることもなく話を続ける。
「ガナッシュが鏡をすり抜けた腕は…あいつだった。シュトーレンが生まれ変わったのがあの殺人鬼だった。あれはそうとしか思えない。」
結論まで至ったところで、黙て聞いていたシフォンは激昂した感情を刺々しい口調でぶつけた。
「くだらない!そんな事があってたまるかよ!!」
広い部屋には谺すらしないで虚しく消える怒りの声。ジョーカーはナイフから手を放し、床へ落ちた赤い模様が鈍く映える刃に目もくれず、ようやく振り向いた。

「己が心の脆さを露呈してどうする?認めたくない、信じたくない、これは嘘だと何も見ていない奴にとやかく言われる筋合いはない。」
言葉にせずとも見透かされていた。図星であり、悔しくもシフォンはぐうの音もでない。
「…と、言い過ぎたようだね悪かった。実はね、事には不可解な点があるのだよ。」
血に塗れた右手で机にある羽ペンを拾い、ゆっくりと歩み寄る。出入り口付近にいるシフォンとの距離はそこそこあった。
「…シュトーレン、あいつがいなくなったのは相当昔だった。アリスのいた世界での彼なら今頃は生きていても死に損ないのジジイに違いない。アリスと出会った時にあれほど若いなんてことは有り得ないのだ。」
しかし実際に生まれ変わった姿を目撃していないので、現実味がさっぱり沸かない。そんな相手に構わず話と足を進める。

「鏡がたまたま異世界に繋がっていたことや記憶を取り戻したことよりも不思議だ。考えるなら…ガナッシュもまた異世界の者でアリスのいた世界になんらかの原因でワープしたというのが最有力だ。どの世界に落としたなど覚えてないのでね…。」
気取るような笑みで止め処なく喋り終えたときにはシフォンのすぐ目の前に立ち止まっていた。相変わらずアリスとは瓜二つなのに身丈は自分とそこまで変わらないものだからなんとなく不自然である。








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