落ちていく悲鳴すら聞こえない。ジョーカーのことだ、穴に落としたと言うよりは其処を通して外の世界に飛ばしたのだろう。だが、これもまた彼らしく何処へ彼女を向かわせたのか或いは何かしら余計なことをしでかしたのではないか。気まぐれで掴み所の無い彼の人智を超越した力をもってしての行動こそ誰も読めやしない。
「考えない奴は嫌いだ。」
自分でまず考えることをしなかったのが気に入らなかったようだ。
「…確かに、神様では…ないね。」
そう言うシフォンは内心苛立ちを募らせる。ジョーカーの語る理論に強ち否定はできない。かといって悩んで、迷った末、救いを求めて来た者に対しての仕打ちとしてはあまりにも冷酷極まりない。淘汰の国の問題ならば少なからず自分にも降りかかってくるのだ。

「…頭の悪い民衆は、都合のいい時だけ神を崇め奉ればすぐに掌返しだ。時代が進むにつれやがて存在そのものを否定する世界が築かれていく。曖昧な偶像に準えられ勝手に恨まれる、私はここに居るというのに。」
急に突拍子もないことを言い出し怒りの熱も若干冷めてしまった。それが狙いではなく、まだ彼は続ける。
「私はふと考えた。もし私がごく普通の人間として世界に降りたら…皆に愛される少女<ヒロイン>だったなら私も等しく皆に愛でられ大切にしてもらえたのだろうかと。」
「………………。」
返事は思い浮かばない。シフォンは黙ってただ話を聞いているだけだ。彼の背中は改めて見ると人間臭く感じる。人間ではないとことあるごとに言ってくるが、心の無い人形のような空っぽなものとはまた違う、全く反対の別のものなのかもしれない。

「しかし!すぐに幻滅することになるのだ!お前のせいでな!」
今度は椅子を勢いよく回し、面と向かっては机の上に足を乗せて更に組んだ。わざとらしく音を立てる。何故か、今の話を語っていたとは思えない、思いたくないぐらいの笑顔だった。
「僕…?」
ころころ変わるジョーカーの態度についていけなくなり口数も少なくなる。
「君に抱かれるなど死んでも御免だ。」
やだやだと片手をヒラヒラさせながら平然と言ってのける。見ていたようだ。だが、少し違う。
「…ッ、このままでは大きな語弊がある…。」
確実に引き気味に細目で睨んでジョーカーを諌める。見られていたことについてはむしろ触れたくもなかったが、このままでは聞いてる方もたまったものでたない。
「ははは、そういう言葉に煩いところは出会った頃から変わらんね。ちなみに言うとさっきのは殆ど冗談だ。」
人の行動を覗き見し、それを話のネタにして狼狽える相手を面白おかしく笑う。いつも以上に楽しそうなのだがやっていることはいかにも悪趣味である。しかも、話が長すぎて何処までが本当で何処からが本当なのかわからない。

「…ところでシフォン。君はまだ私に聞きたいことがあるのではないかな?」

疲れきった様子で下を俯いていた所を思わぬ意表を突かれ、顔をあげたシフォンの表情は例えるなら鳩が豆鉄砲喰らったよう。
「僕はアリスの付き添いに来ただけで…。」
「そのアリスともう一人が何故再びやってきたか。」
シフォンの途中で割り込む。しらばっくれるつもりはない。だってその通りのだから。だが、いつかは聞かなくてはいけない大事なことだった。こうやっていい機会を与えてくれた上に、有り難いことにアリスも「もう一人」もこの場にはいない。
「………なぜ、アリスとシュトーレンは再びこの世界にやって来た?消したはずの記憶も蘇っている。」
シフォンの問いにジョーカーは足を下ろすと同時にそのまま席を離れ、時代に問わずあらゆる世界を映し出すことのできる神器、走馬鏡の前に立った。

「まずアリスは元の世界に戻る際、その世界では不必要で邪魔になる故に記憶は抹消した。シュトーレンは別世界へ転生したのだから記憶などあるはずがない。…しかし、余程この世界への思い入れや執着が深かったのか、彼等はひとつの不可能をうち壊した。」
その業に関わったのはシフォン本人であり、思い入れと言われても全然嬉しく思えない。






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