しかし、事の重大さを知っている者は皆「信じられない」と顔に書いてあった。それは観客の大多数、選手も同じである。
「ケーキがなくなったぐらいでなんでみんなあんなに慌てるの?」
自分等より事情に詳しいだろうフィッソンに問いかけてみると案の定すぐに答えが返ってきた。
「優勝した者だけに与えられる賞品、それが今回はプラムケーキだったのだ。彼奴等は賞品がどんなものかより持ち帰ることに意味があるのだろうが、勝利の証なのだからな。」
その言葉通り、高がケーキひとつで険悪な雰囲気になっている二人がいた。

「…おいおい、こいつはどうなってやがる?」
刃をその場に置き去りにして早速抗議に出たのはレオナルドの方だった。こういう時、真っ先に感情を表に出す者が無表情だと逆に恐怖を煽るもので司会は歯を震わせ弁解しようにも言葉が出ないのでただただ黙って立ち尽くしかなかった。
「褒美を貰って帰らねえと意味ねぇんだよこっちは!!!」
「ひぎいいぃぃずいまぜんっ!!」
吠えるような大声に畏縮し、ようやく口にできたのは必死に絞り出した謝罪だった。

「まぁまぁ少しは落ち着きはったらどないですか?」
そこにユーマもやってくるが、彼はやけに平静を保っていた。ましてや物凄く穏やかな笑顔だ。
「うるせぇ。つーかお前だって納得いってねえだろこんなの…。」
仲介に来てくれたのかと少しだけ気を緩めた司会と妙と貼り付いたような笑みがたいそう気持ち悪く感じたレオナルドは軽蔑の眼差しを向ける。
「ほほほ、のーなってしもたんならしゃあない。ここは一旦休戦としといてその間に司会さん、みつくろうてくれはらしませんやろか?」
丁寧に尋ねるものの、今の状況、そして気味の悪いほどの微笑みは頼み所か脅している様にしか見えない。気の緩みもほんの一瞬だけだった。
「見繕う?馬鹿野郎、倍の物を用意しろ!!」
畳み掛けてレオナルドもその気迫で迫る。これはもう、望みに応えなかった場合の結果が目に見えてくる。
「びえぇぇぇんか、畏まりましたぁ!!」
司会は入り口へとまるで逃げるかの如くすっ飛んでいった(このあと本当に逃げてしまいこの場に戻ることは無かったとか)。

「大の男二人がケーキひとつにあそこまで怒るだなんて、なんだか滑稽だわ!」
そこでアリスは、自分がもしあの立場になって「何が賞品だったら必死になるか」を考えた。
「確かに甘いものは私も大好きだけど…どうせなら私だけの家とかいいわね!そこに一人で住むの、お勉強も余分にしなくていいし嫌いな野菜も食べなくていいし夜更かしも出来ちゃう!でも寂しいからペットを連れて心配をかけちゃだめだからたまには家族を…。」
考えていることを洗い浚い口から漏れ独り言となって発せられる。本人は考えることに夢中なのかシュトーレンの不思議そうに見下ろす顔にも気付かない。彼女は更に続ける。
「でも待ちなさいアリス。はいなあに?ここは剣と魔法の国、あなたのいた世界では絶対手に入らないものだって貰えるかもしれませんよ?例えば空飛ぶ箒に魔法の絨毯…どんだけ空飛びたいねん!」
いつの間にか一人が二役になり、暴走した妄想に自らツッコミを入れた。アリスは独り言で遊ぶのが楽しいようだ。だから決して病気ではない。

「あーあ、女二人が国を取り合って喧嘩してんのに情けねえなぁ、ヒック。」
隣にいた髭を生やし顔がやや紅潮している男性が会場で起こった事態を冷笑的に皮肉を言いながら眺めている。ふと耳に挟んだだけなのにとても興味深い話だったものでいてもたってもいられなかったアリスは迷わず男に聞いた。

「それはどういうことなの?」
まさかこちらはほんの短い独り言のつもりで喋ったのに拾われるとは思っておらず、アリスをまじまじと見てから笑い混じりに言った。
「お嬢ちゃんよそ者かい?ひとつの国を北の領主である白の女王様と南の領主である赤の女王様が取り合いっこしてるのさ、ここらでは皆知ってるぜ。」
口を開く度に異様な酒臭さが鼻につく。
「今女王様二人が国を巻き込んでやってるわけのわからんゲームはそれさ、勝った方が相対の国の全支配権と隣国を植民地にするんだな。」
軽々と言ってのけるが聞いている方は壮大な話に聞こえて仕方なかった。こっそりシュトーレンも聞き耳を立てていたが途中に出た難解な言葉に頭を悩ませる。
「大規模ね…。」
アリスも今思えば参加しなくて正解だと思った。自分の行動次第で国の運命を揺るがしてしまうことだって有りうるのら!
「俺達が把握している以上に大がかりなんだぜ。通行止めやら騒音被害やら…俺ん家のすぐそばに大砲置きやがってとんだ迷惑だ!」
ポケットから小瓶を取り出し中の液体を一気に飲み干す。酒だろうか、よほど鬱憤がたまっているみたいだ。






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