周りからざわめきと息を呑む音が聞こえる。中にはちらほらと軽い吐き気や頭痛などの気分悪化を訴える者もいた。
「どうしたの?フィッソンさん…具合悪そうだけど。」
彼もまた体に異変を感じたうちの一人で、迷惑を承知でその場に頭を抱え込みながら座る。
「気にするな。直に治る。」
とはいうものの気がかりでしょうがなったアリスはどうしたものかとあっちを見たりこっちを見たりするけど結局成す術は見つからなかった。実際、たいしたほどでもないようだが。

「レオナルド…あんた、籠手はただの鉄やあらへんな?外した時えらい魔力を感じたけど…。」
ユーマは顔色ひとつ変えず、微かに開けた双眸で禍々しいそれを睨んだ。
「俺様に合った物を「選んでもらった」だけだ。んなこたぁどうでもいい。」
そう言った彼の口は笑う。力を溜めた左拳はユーマめがけて振り下ろされた。しかし、既に攻撃を予測していたため横へ飛び退いた。空振りの一撃は地響きと共に縦に亀裂を刻んで行き地面を真っ二つに裂く。
「あぁぁぁ会場が…あれだけ手間かけて短時間でセッティングした会場が…。」
司会が半ば泣き顔で本音をぽつり口から漏らしながら膝から崩れ落ちてしまった。行き着く所まで地割れした会場は東と西の出入り口をシンメトリーに半分に分かれた。
「わ…わぁぁ…すごい…。」
「いちげきひっさつだぜ…アリス…。」
あんぐりと顎を伸ばしたいかにもな間抜け面で愕然とする。あれほどしょっちゅう騒いでいた皆も今では人並み外れた桁違いの力を前に畏怖を抱いてなにも言えなかった。
「チッ…角さえあったら本来の姿になれるのに…。あんな化物…いや、一か八か…。」
思索に耽っている隙さえ与えられず。斧を持った右手は留守のまま、 人のものでない獣の鉄拳は勢いよく相手の体躯を吹き飛ばす。衝撃に声を上げる事も出来ずユーマは隔ての壁に背中から激しく打ち付けた。その側に居た観客はさぞ吃驚したことか、悲鳴を上げながら一塊に寄せあったり散り散りにあわてふためいたりと混乱している。
「いっ…どっか折れたんちゃうかコレ…。」
口の端から零れる細く赤い滴を袖で拭う。咥内に広がる肺から溜まった鉄の味が気持ち悪く、出来れば全てを吐き出したい程だが意地で喉に押し戻した。
「危ない!!」
後ろで一人が叫ぶ。それは自分達のことだろうが、なにより一番危ないのはユーマだった。なんと、今度は斧がこちらに向かって飛んできたのだ。回転する刃が空気を無理矢理掻き分け裂いていく。
「あの人死んじゃう!」
アリスは咄嗟に目を両手で覆った。このままだとあの斧は確実に、壁ごと彼の生身の肉体を寸断するだろう。
まさかだった。予想していないわけではないが、「あれ」を諸に受けた場合どうなるか。ユーマ自身の即死は決定、つまりそれはルール下に則ればレオナルドの敗けとなる。だからといってまだ勝機はあるのに死す必要がどこにあるのか。
「んな阿呆な…!!」
痛む全身に鞭打ち、引きずるようにして横に寄りかかる。そう、避ければいいのだ。
「おい!客を巻き込むぞ!」
「大丈夫だよ三月。」
思わず立ち上がるレイチェルを制止するシフォンは予め把握していた。斧はユーマから人ひとり分空けた所に深々と突き刺さり、壁は四方にヒビが入り瓦礫となり果てた石片が地面に土煙を舞い上がらせながら壊れ落ちていく。だが崩れた向こうには更に、黒光りを放つ見るからに頑丈そうな壁が姿を現したのであった。
「あ…あぁ…死ぬかと思った…。」
恐怖が最高潮に達した数人もまた安堵などからその場に崩れる。アリスもそっと瞼を開けた。「これでよかった」とはとても言いにくいが、ひとまず胸を撫で下ろした。

でも安心してはいけない、出来ない。ユーマが忽然と消えてしまったからだ。わざと的を外したレオナルドの狙い通り、彼は瓦礫の山の中に閉じ込められ、今頃はきっと下敷きになり潰れているに違いない。それはそれで、最悪の事態を招きかねない。

「………………。」
ゆっくりと、瓦礫の前まで歩み寄ったレオナルドは刺さったままの斧には見向きもしなかった。辺りは息の詰まりそうな緊張感に包まれた。








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