徐々に焦りが込み上げる。一刻も無駄に出来ないのに体に触ることが出来なければ処置もへったくれもあったものではない。刺さったナイフを引き抜いたら刃越しに感触を感じたのに、腹部に手を添えたら床と手のひらの間が気持ち悪く滑った。ひっくり返すと赤く生暖かい血液がまとわりついている。
「ああ…もしかして…お前の夢の中に…いるの…かもな…。」
青年が最後の力を振り絞って、震えた手でいまに泣きそうなレイチェルの頬に触れた。
「な…なんで…なんでお前は触れるんだよ…。」
その手をそっと包み返そうにも、触っていたのは自分の濡れていた頬だった。
「最後に…一肌が恋しくなる…変なものだな…。なあ、あんたの夢が冷めたら…俺はまた消えてしまう…。名前だけでも…覚えてて…また……きに…。」
ゆっくりと青年の瞼は閉じていき、声も消え入るように弱くなる。触れられずとも見ることができるなら、声が聞こえるなら、出来ることはなくとも最後に名前ぐらいは呼んであげられる。どうかせめて、それを聞かせてほしい。涙を拭うことなくレイチェルは切に願った。

「俺の名前は…ピーター…シルクドール…………「ようこそ、淘汰の国へ。」」
「ピーター…はい?…ようこそ?」
ピーターと名乗った青年は、目を閉じてそのあと何も言うことなく静かに息を引き取った。しかし、レイチェルは新たに蟠りを残したまま夢から覚めたのであった。




―――――――……

「いやはや愉快愉快!」
淘汰の国、または世界の最果てにて。いつものようにジョーカーが走馬鏡に映る景色を好物のシュークリームを頬張りつつ楽しげに鑑賞していた。
「暇だから前世の記憶を夢に挿入したら…はっはは…奴が死んでやっと彼が存在できるというに…くくく…いい見物だ。」
回転式の椅子に膝を抱えて座っているので無期を変えることができない。彼の机のそばには、有栖がうんざりした様子で立っていた。
「人の夢を覗くなんて悪趣味。シフォンに知られたらお叱り食らうわよ。」
ジョーカーは片足を伸ばして椅子を回した。
「知られなきゃいいだけのことだろう?」
自信に満ちた余裕の笑み。有栖は面倒な相手にこれ以上付き合おうとはしなかった。
「…にしても、あの人の名前がピーターなのは狙ったの?」
有栖の問いにジョーカーが首を横に振った。
「私は必然を作り奇跡を生む…これはつまり必然上で起こり得た奇跡のひとつにしか過ぎない。お分かりにいただけたかな?」
「微妙。」
気取ったように説明されたら聞く気が失せてしまった有栖が即答した。相手はやれやれと肩をすくめる。






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