そもそも鏡に向かって飛び込むなどいずれにせよ狂気の沙汰だ。頭がおかしい奴だと逆に呆れて手を引いてくれないだろうかと割りと呑気なことを考えられるぐらいに落ち着いてきた。恐怖は刻々と迫っているのに。
「無理に決まってるでしょ!」
と普段なら言うべきところを、ほぼ無意識に、息をするみたいに、ぽっと口から出た言葉は


「もしかしたら、いけるかも…?」
そう言ったならアリスに躊躇いはない。その足は誰もが思わない方向へ駆け出した。迷いは多少はあったが藁にも縋る思いが体を衝動的に動かしたのか。
「んん?どこへ逃げ…。」
獲物を逃してやるつもりはない。隙を見たら捕まえるつもりだった。アリスが走っていった先は化粧台。よもや抵抗できるものを探そうという魂胆だと普通なら察するだろう。アリスのとった行動、それはなんと化粧台の上によじ登ったという状況からしたらとんでもない奇行だった。男は何がどうなったか逆に今度はこちらが混乱するはめになった。
「は?え?なになに?」
他人の声も聞こえない。違う空間にいる感覚に体が一人歩きしている。

「本当にこの奥に何があるのかしら?」
アリスにとってもはや逃げることではなく、行ってみたいという気持ちでいっぱいだった。香水の瓶が散らかっている化粧台の上に膝をたてて誘われるように右手を伸ばす。

「!!」
なんということだろうか。中指が触れた瞬間、鏡は一滴の雫が落ちた直後の波紋の如く広がって消えていくではないか。






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