そう、それは。青年が「いざというとき」のために持ち込んだナイフだった。片手にちらつかせた刃が外光を反射している。刃渡りなどからしてサバイバルナイフだと判明した。無防備な裸にも近い女体にとどめを刺すにはあれほどの刃に男の力が加われば造作も無いだろう。
「まっ…待てよ!俺を刺すつもりなのか?」
怒りが冷めて一気に警戒心が強くなる。一人でも目撃者がいれば都合が非常に悪い。彼のとろうとしている行動はまさに画期的なものだった。だがレイチェルもこんな理不尽なことで命を終えたくなどない。青年が襲ってきたら広い空間に誘き寄せ戦闘に持ち込もうと閃いた。相手が一般人の素人ならば戦闘で圧倒的有利な立場になれるのはレイチェルの方だ。
「そんなことしても無駄だぜ。俺はお前に今のところ危害を加えるつもりはない…これ以上罪を増やしても…警察はいない。あ。」
なるべく面倒なことにはしたくないと交渉に踏み切ったが、交渉力どころか自分で振り出しに戻り自分を追い込んでしまった。
「ははは、バカじゃねーの!?殺してもいいよって言ってるようなもんだろうが!」
指を差されて笑われる。言葉の刃が心に突き刺さった。けれどいちいち反論している暇はない。自身の生命が危ぶまれているのだ。
「バカじゃね…って!殺されたい奴がどこにいんだよ!落ち着け!俺マジでなにもしないから、な?だからそいつを捨てろ…。」
身振り手振りの説得の途中だった。
「俺も無駄なことは嫌いなんだよな。はは…このまま生きるのも…無駄だってさ。」
優しい、穏やかで切ない笑顔の青年。こんな顔も出来るんだと見蕩れていた刹那、ほんの微かに体が後ろに跳ね。

青年が手にしていた刃は深々と、腹部に真っ直ぐ突き立っていた。

「…楽になるまで…こんな…苦し…。」
暫し耐えていたが、体躯を貫かれる尋常ではない痛みに意識が自然にシャットアウトしようと視界が段々霞んでいき、ほんの数秒で覚束ない足取りで二歩下がっては膝から崩れ落ちた。
「お…おいッ!馬鹿野郎!!なにはやまってんだよ!!」
まさか、誰が自殺をすると思っただろうか。一瞬の油断が予想だにしない結末へと導いた。もはや相手が誰だろうと関係ない。レイチェルは急いで彼のもとへ駆け寄った。
「無駄な命は無い!待ってろ、今すぐ手当てするから…。」
応急処置を施すには最低でも衣服を脱がせることは避けられない。すぐさまダッフルコートから脱がしにかかった。

「おわっ!!…あ、あれ?」
なんとおかしなことに、レイチェルの手は青年の体をすり抜けた。
「どういうことだよ…どうなってんだよ、何だよコレ…!」
どこに触れても、そこに何もないように感触も全く感じず手のひらに当たるのは生身の肉体ではなく冷たい床だった。






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