皆が狂喜に冒され、誰からも手放され見捨てられてしまっては諦めの気持ちが増していき、声をあげることさえも億劫にさせる。今までに味わったことの無い痛みに意識が朦朧となるにも係わらず途絶えようとはしてくれない。いっそ死んでしまった方がましだと歯を食い縛りながらそんな思いがこみあげてくる。

「おい審判!カウント始めてくれや。どうせ決まってんだろうけどよ。いち、にー、さんならガキでも出来るだろうが。」
足を退けて細く切れた瞼から覗く円い猫目が審判の方を睨む。機嫌を損ねていなくとも口と目付きの悪さがそう思わせる原因でもあり、遠回しに指名されたシフォンは明らかさま機嫌を損ねた顔をしていた。
「何歳児に見られてんだか…。」
隣でほくそえむレイチェルを尻目にわざとらしく咳払いをする。そしてマイクを握った。

「…eins!…zwei!……dreil!!」
そこは21歳、いきり立ったりしない変わりにほんの仕返しにこの国では馴染みの無い言語で指折りカウントした。シフォンが右手をグーにして合図するとレイチェルが側にあったホイッスルを吹く。
「あいつバイト無いって聞こえた気もしたが…はて。」
司会は耳を指でほじりながら会場の真ん中に視線をうつす(首にかけていたメガホンを口に当てたままだったので観客の一部は彼の空耳に笑っていた)。
二本の足でしっかりと地面に立っているレオナルドの足元で倒れているエヴェリンは三秒少しの猶予の間にとうとう気を失ってしまったようだ。
「レイチェル、あれがゲームでいう戦闘不能ってやつだね。テレテテテレテテ…テーテーン。」
「なんじゃそりゃ。」
審判二人がたわいのないやり取りを無視して司会は赤い旗を高らかに上げた。それが何を意味するか、既に誰しもがわかっていた。

「勝者は…レオナルド!!!」
司会の宣言の直後、沢山の拳がまっすぐ挙げられた。こうなることを多くの者が望んでいたように。自分の信じた思いが報われたのだから。
「俺様についてきた奴には最高の褒美をくれてやるぜ!!」
こちらも彼らの気持ちに態度で応えるべく武器を持った手を突き上げた。だが勝利の黄色い声を一時浴びてすぐレオナルドはファルシオンを降ろす。
「おいおい!これで終わりかよ!!!」
「お楽しみはまだまだこれからだろうがよ!!!」
だが、次第に調子に乗った数人がレオナルドを煽り始める。刺激に飢えた貪欲な民衆にとってこれはパフォーマンス、如何なる猛者もただの見せ物。どんどんと広がり、波紋のごとく輪になって四方から巻き起こる。
「嫌よ!やめて!お願い…私の仲間…!?」
切に叫ぶアリスの口をフィッソンが塞いだ。
「ここに我ら以外の味方はおらぬ。安心しろ…奴は勝つことにしか興味が…。」
しかしアリスは最初しか聞き取れなかった。アリスは力一杯彼の両手を解く。
「味方の私達が彼を見捨ててどうすんのよ!」

「ちったあ黙りやがれ頭空っぽのクズ共!!!」
彼女が言い終わると同時に、どすの効いた怒声が一気にその場を静寂(しじま)へと変えた。ファルシオンを放り捨てては肩の力をふっと抜き、哀れんだ目で己を囲む人の壁を見渡す。レオナルドは司会の方に大股に歩み寄った。
「わ、なな、なんでしょうか!?」
「貸せ。」
なんと返事を待つことなく司会が持っているメガホンを引っ張り無理矢理奪った。紐は細いので彼の力の前ではあっさりとちぎれて持ち主の首から離れていってしまった。
「あぁぁ僕のメガホンが…!」
狼狽える司会を無視して元の位置に戻る。一体今から何が始まるのか、そんな視線が彼を一点に注がれる。

「久々に皆忘れたのか知らねえが此処は誰が強くて弱いかを決める所だ。今のでこの場所が持つ意味を果たしたんだよ。それに俺様は苛めに来たわけじゃない…勝つために此処に来た!」
言い切る終いの方にはメガホンを片手で握り潰してしまった。プラスチックの不規則な形の破片が落ちる。感情が昂った勢いというよりこれもまた一種のパフォーマンスなのか。割りとなんでもいい皆は便乗してすぐにまた盛り上がった。途中に紛れて白づくめの衣装に身を包んだ二人が担架の端を持ちながら会場に入る。
「あれは…救護隊のようね。」 
アリスの察した通り、二人はお互いに目配せで合図をしたら自力では動くことの出来ないエヴェリンを担架に乗せた。
「なんでこんなことを小生が…。」
「アルがうっかり「医者をやってます」なんか言うからだろ!」
何やら小言を呟いては担架を持ち上げ、息ぴったりに歩幅を合わせて会場の外へ出ていった。








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