そのクーターも僅かにヒビが入った。胸元に腕を寄せぐらついた相手の身体を振り払い跳ね退けた。
「のわっ!」
後ろへ弾け飛んだエヴェリンは右足から着地してすぐさま間合いを詰め、今度は急所である首に向かって峰打ちをかける。
「こなくそ…ッ!!」
向かい来る片刃を見切り、柄のなくなった斧で受けた。直に伝わる衝撃とは違い、金属同士が激しくぶつかり合った時に生じる振動が嫌に腕から全身に響く。
「油断してた…なんだ、どこから出てんだこの馬鹿力…!」
レオナルドの表情に膏汗が滲む。油断していたのは事実。体格もかなりの差があるのに打ち負かされている現状にいまだ信じることが出来ない。元は武器の一部だった鉄の棒を投げ捨てては背中に隠していた予備のファルシオンを盾がわりに使用した。しかし、防がれようが弾かれようが容赦なく、闇雲に剣を振り回す。
「僕を!そんな!化物みたいな、名前で、呼ばないでください!!」
エヴェリンは泣き言を訴えながら、それがかえって自身を昂らせているのか。攻撃力は保たれたまま衰えていない。その上、相手が次の行動に出る隙を与えさせてくれないぐらい速い。次から次へと繰り出す。

「いいぞー!いけいけー!!」
「面白くなってきやがったぞおおお!!」
「けっ…こおおおおおおおおん!!!」
今はいずこの戦士に賭けていた側は遅咲きの力を見せつけたエヴェリンの士気を鼓舞する。
「おいおいなにモヤシに押されてんだよ!!」
「負けたら獅子肉だからな!!」
「身ぐるみ剥いで美味しく頂くぞオラァァ!!!」
一方最初からレオナルドを支持していた者は後押しするどころか罵声に近い声を上げる。こっちはありったけの金を賭けているのだから仕方ないのかもしれない。安堵に、無難にと練った思索が崩れようとしているのはそれらとは関係ない者にとってはとても滑稽な光景である。
「おおっとぉ!がつがつ行くぞもしやこいつぁ流行りのなんとか系男子か!?」
興奮が止まらない司会者。実況もきわまって雑になる。
「なんとか系男子…って、なんだよ。なあ?」
誰も気にしない所にツッコミを入れる審判のレイチェル。
「海亀もどきの起源からして煮込み系男子だと僕は見込んで…ぶふっ!」
一人で勝手にツボに入って吹き出す同じ審判のシフォンは自分が彼をあの場に放った事などすっかり忘れていた。

「エヴェリンさんまるで別人みたい…。」
アリスは、先程まで心配していたのが無駄だったように思えてぽつりと呟く。道中、機転を効かして自分を助けてくれた姿と照らし合わせてみても全然。むしろ、思い出したくもない記憶の中、いつもと違う背中と重ねてしまう。
「なんか知らぬが、我がつけたあだ名で呼ばれることが気に入らぬようだ。」
フィッソンは他人事のよう。口には出さぬものの「お前が原因か…。」とシュトーレンはぼやいた。
「キメラは元々化物ですもの。ライオンの頭、ヤギの胴に蛇の尻尾を持つのよ。…ライオンですって!」
「俺には今のアイツが化物に見えるンだけどな。」
仲間が口々に話す中、レオナルドとエヴェリンの攻防戦は前者が押されながら続いていた。後ろへ後ろへ下がり、防御に徹しているレオナルドは自分に隙が与えられないならば逆に相手の隙を見つけてやろうと目で探りを入れる。
「うわあああんもう嫌だあああ!!!」
言ってることとやってることが全く違う。エヴェリンは自棄を起こしていた。技術の伴っていない攻撃を順調に流すレオナルドの背中に壁が迫る。
「腹か腕か……ん?」
急所を狙おうと脇辺りに目を移せば視界に飛び込む観客の中、一際違和感を放つ人物に訝しげな顔で睨む。
「げっ、マジかよ…フィッソンじゃねえか。」
人見知りなのかそうでないのか、しまったと口に漏らすレオナルド。だがしかし、それ以上に過敏に反応を示したのは当然、エヴェリンだった。
「え…嘘だろ?」
一瞬。刃が止まる。予想だにしていなかったが、僅かな隙は決して逃さない。
「隙ありッ!!!」
レオナルドはエヴェリンのがら空きの腹部に蹴りを入れた。武器に頼らずとも手練れの強者、対し相手は身を守るものもろくにないただの凡人。あっけなくその体躯は吹っ飛び地面を二回転がって横向きに倒れた。
「エヴェリンさん!」
思わず名を叫ぶアリス。誰の耳にも届かない。

「…いっ…、うぐ…ぅ……。」
生身に食らったに等しい。腹を両手でおさえ、激しい痛みに身体を折り曲げて悶える。苦痛に歪む顔と狭まる視界にはうっかり手放してしまった唯一の頼み綱である借り物の長剣。戦いたい…のではない。あれがないと自分には何もないのだから。
「あと…もう少し…!」
指を、腕を、手を伸ばす。ほんの刹那でなんとか柄に触れそうだった。これさえあれば、これが無ければと。
「……ん?」
じりじりと迫り来る足音。掴もうとした剣を金の爪先が蹴り飛ばす。何も無くなったと思えば確認しようと顔を上げる間も無い。

「お遊びは終わりだ。」
レオナルドは彼の肘に踵をおろした。残り僅かな勝機と共に踏み躙られた部位から軋む関節が砕け折れる嫌な音は地面にも、瞬間自ずと黙りこんだ観客の耳にも響いた。

「うわああああああああ!!!!」
「うぉおおおおおおおお!!!!!」
弱者の絶叫と観客の大合唱が空間に轟く。拳を上に、隣の人と抱き合い、時折聞こえる溜め息や悲痛な声は掻き消され、恐らくその場にいた大多数が喜びに沸いたことだろう。
「……ひどい!!あんまりだわ!!」
アリスは審判席に駆け寄った。
「シフォンさ…審判!」
だがシフォンは彼女の方は振り向かず呑気にパンケーキを咀嚼しながら返す。
「「ルール」に則った上の結果だよ。アリス、あれはまだ「マシ」な方だ。」
アリスは憤怒と絶望と不快感に苛まれ軽い目眩を起こした。
「勝利の女神は強者に微笑み、敗者を嘲笑う。神様だからね。」
それ故、シフォンの独り言には気付かなかった。






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