「あのモヤシやるじゃん!!」
「もしかしたらチェレンコより上なんじゃないのか?」
「あいつ、男?女?」
観衆の興味は一人の青年に集中する。チェレンコがどれぐらいの実力の持ち主かは知らないが、アリス達も彼の未知なる力にはただただ目を見張った。
「すごい!やればできる人なのね!いけいけー!」
「火事場の持ち腐れだぜ!巻き返せー!」
興奮を押さえられずに周りに負けじと応援に参加するアリスとシュトーレン(ちなみにシュトーレンは火事場の馬鹿力を間違って覚えていた)。
「避けてばっかしやがって!ちったあそっちからかかってきたらどうだ!」
しかしレオナルドは気づいていた。先程からエヴェリンが相手の攻撃をかわしてばっかりで己からは何一つ行動を起こしていないことを。最初のように受けることすらしない。
「痛いのも何もかもごめんですぅ!ひえぇ!!」
エヴェリンは必死にかわす。逃げる。もしあの斧を体の何処かにくらったらどうなるか。命を保証されているだけの話で、負傷した分は誰も知ったこっちゃないのだ。ましてやこっちは身を守るものが布数枚のみ。防具なしでは裸で攻撃を受けるのに等しい。
「神様…僕はどうしたらいいのですか!?」
心の声は神に助けを求めている。このままでは埒があかないことぐらいわかっていた。残念ながら、無駄に時間が過ぎていくだけだ。
「どうすりゃいい…せめて一発でも当たればいいんだが。」
同じようなことをレオナルドも考えている。気が長い方ではない上にやはり相手に戦う意思が見られないことに苛立ちを募らせていく。
「…この手の奴には効かねえが、しゃあねえな。」
レオナルドは片足を軸に一回転し、真横に大きく空を斬った。自分を狙った攻撃ではないことに気付くが遅い。巻き上がる烈風と凄まじいほどの勢いで振り回される斧にエヴェリンはバランスを崩し重心は後ろに傾き、尻餅をついてその場にへたり込んだ。
「いって…っ!?」
すぐ目の前にぎらりと嫌な光を放つ刃かがあった。そしてどぎついほど殺気を帯びた瞳がこちらを見下ろす。顔はいたって、冷静なのだ。
「てめぇから微かに獣の匂いを感じた。俺様は百獣の王で一群の長…「お前は何者」だ。」
唸るようなどこまでも低く通る声。後悔と、恐怖と畏縮に声すらまともに出ない。しかし、ここで何か言わなければ…と思うと自然に口から零れた。
「僕は…獣…海亀もどきで…えーっと…牛…?」
するとふとレオナルドの口が吊り上がった。
「ほう。自ら餌になりに来たか。」
エヴェリンは今、自分が挑発を受けているのだと察した。しかし、煽られていても心は常に救済を求めている。だがどうだ、今は周りを見渡してみても救いどころか弱者を嘲り笑う視線のみ。
「あ…神様…。」
最悪の形で観客の心は一つとなり、生き残りし者にしか微笑まぬ勝利の女神は戦うことを棄てた者を突き放す。どこまでもついていない自分が惨めに思えてくる。
「自分がどっちかもわからねぇ。今もこうやって自分で自分を追い詰めてる。逃げ場のない場所でどうすりゃいいかわかってるくせに、それもしない。」
挑発、でもそれに彼の戦士としての本心も垣間見えた。そう、自らがより楽になる術を「逃げる」という行為でいつしか捨てていたことを説いていたのだがエヴェリンにはその術まではわからなかった。
「…何もかも中途半端で今までもそうやってきたんだろ?はははッ、このキメラめ!」
そうと吐き捨てたが、数秒経っても反応が鳴い。逆に心くじけ何もする気力さえ失ったのならばそれも実はレオナルドの想定内だった。
「ここではっきりさせてやるよ。」
やはり煽りは無駄だと、もはやこれも潮時だとレオナルドは「あの時」と同じとどめを刺そうと斧を持ち上げようとした。俯いたエヴェリンがずっと手放さなかった剣の柄を音が鳴るほど強く握りしめる。
「……今…なんて…言った…?」
問われたレオナルドは真顔で答えた。
「ここではっきりさせてやるよつったんだよ。」
「その前です。」
気のせいか、雰囲気が違って感じ取れた。恐るには足らない相手に変わりないとレオナルドは鼻で笑いながら返す。
「フッ、全てが中途半端なこのキメラ野郎って言ってやったんだよ!!」

レオナルドの言い終わったのとほぼ同時のことだった。

「…………あぁ?」
斧が異様に軽い。軽すぎる。まるで「ただの鉄の棒」を握っているよう。それもそのはず。レオナルドの手には本当にただの鉄の棒しかなかったのだ!肝心の刃は、途中から綺麗に切り落とされていた!

観客席もしんと静まる。誰しも意表を突かれて言葉が出ない。

「嘘だろ…?」
鉄の塊を呆然と眺めているレオナルドは己に向かってくる狂気とも近い気配にすぐに身構えた。
「キメラって言うなああああああ!!!」
今までの貧弱な彼とは思えないほどの剣幕で、エヴェリンは相手の頭部をめがけて斬りかかる。敵に向けるは勿論、峰ではなく刃の部分だ。まともに太刀打ちできるものがなくなったレオナルドは左腕のクーターでかろうじて受け止めた。







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