「………!!」
今しかない、と、アリスは逃げる。だがいざとなったらそれが出来ない。果たして本当に逃げ切れるのだろうか。一度大打撃を与えた分次に捕まったなら絶対ただでは済まない。そんなことさえ考えなければ!
「ぅぐ…君、中々…ッ、ふふ…。」
鈍い痛みを歯をくいしばってようやく耐えている男は怒るどころか更に笑っている。覚束ない足で立ち上がる。
「…あ…来ないで…。」
アリスの頭はフリーズした。もう何も頭に浮かんでこない。
「誰か…た、助け…。」
最終的にこんな時こそ頼るのは神で恨むのは自らの運命なのだ。それらが存在するものではなく存在してほしいものだと心の隅ではわかっているはずなのに。勿論、家族は出掛けておりいつのまにかペットの猫もみんないない。いるとしたら…。

―それだけは、絶対に避けないと―

「…そうよ、アンは…って。え?」
自然に、ごくごく普通に、誰かと会話するみたいにアリスが答えた。でも、まるで頭に直接語りかけるかのような声の主はここ周辺には見当たらない。
―今のは関係無い。アリス、本当に逃げ場がないのなら…飛び込め―
どこか懐かしい、優しい男性の呼びかける声。時間が止まり、何故だか途端にふっと体の緊張が抜けた。無論そこにいる男には(聞こえておらず)アリスが現実から逃げわけのわからない独り言を呟いてるようにしか見えない。
「怒ってないよ。あはは。」
鋭い刃を隠し、詰め寄る。本当に愉しんでいる。幼い無邪気な残酷さが見え隠れしている。
「どこに飛び込めばいいの?」
まさか窓を突き破れ、とは言うまいと考えてもこの部屋に飛び込めるような箇所はどこにもない。
―…鏡だ。そこの鏡に飛び込め。―

アリスはこの部屋に唯一存在する化粧台の鏡に目を向けた。部屋の景色、鏡に映る自分に疑心暗鬼に睨み返される。ありのままをそのまま映し出す壁のようなものに何が悲しくて飛び込まなくてはいけないのだ。事実不可能で、鏡の奥にはまた壁しかない。







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