そして間もなくして試合の再開を告げるラッパの音が高らかと鳴り響いた。審判席の向こう隣に、金ぴかの蝶ネクタイと白い燕尾服に身をかためた男がマイクを持って現れた。場違いだがあえて派手な格好にしているのか、いずれにすよパーティー向きの以上はここではかなり浮いている。
「レディーエンジェントルメーン…!」
彼は司会らしい。だが、始めの言葉を口にしたやすぐ彼に向かって客から罵詈雑言が浴びせられた。
「生意気こいてんじゃねえぞ!!」
「そんなんじゃ萎えるんだ!さっきみたいにしやがれ!!」
紳士も淑女も居やしない。中にはゴミを投げつけてくる不届きな人ならいた。頭に空き缶が直撃したあとしばらくして司会が拳を上げて大声で吠える。
「……うおおおおおお!!!山場はまだまだ先だぞてめぇら!うっかり眠った奴ぁ放り込めぇぇええ!!!!」
司会のドスのきいた一声を合図に観客席から一斉に咆哮にも近い歓声が沸き上がった。今度もまたなぜか紙屑や飽いたコップなどが宙を舞う。
「一緒じゃない!!」
一連の流れに割り込むことも出来ずに終始黙って見ていたアリスはうんざりした。彼女の声など、周りのむさ苦しい雑踏に掻き消されてしまう。シュトーレンは隣で片手を上げては釣られしゃいでいた。
「よおおぉしとっととおっ始めるぞおぉ!!!」
司会が胸ポケットから一枚の紙を取り出す。賑わいが少し収まった。緊張感が途端に皆をピリピリとさせる。アリスも肌で感じ取った。
「準決勝が始まるのかしら?」
その問いに答えてくれる親切な者など誰もいない。レイチェルも席に座って何やら文句をぶつぶつ言いながらバラバラになった書類を一ヶ所にまとめる作業に入っている。
「エントルィィィィィイ何番!!!百戦錬磨の西の獣王!黄金の獅子!!レオナルド・C・アスナール!!!!!」
一番の大喝采があちらこちらで巻き起こり、あまりの煩さにアリスも耳がおかしくなりそうだった。会場の西側で鉄の扉がゆっくり開く。自分はなにもしていないのに観客と肩や背中がぶつかってさぞ不愉快なアリスが横目で扉の方を見た。選手のお出ましだ。
「来たああああああああ!!!」
「戦う相手が可哀想だぜ!!なあ?」
「結婚してくれええええ!!!」
歓喜の声にこたえるかのように、入ってきた選手が手を大きく振った。その風貌は誰もが見ても正しく手練れの戦士。強靭な筋肉の鎧には更に頑丈な鋼鉄の防具を身につけている。片手には軽々と、全てが鉄で出来た等身大の巨大な斧を担いでいる。肌はやや褐色でこちらは日に焼けている印象が強い。真ん中で分かれた金髪、右目には皮の眼帯をしていた。
「まあ…いかにもって感じだわ。かっこいい!」
予想以上の強者っぷりにアリスも期待を胸に膨らませる。シュトーレンは目を輝かせていた。
「待たせたな!俺様が貴様らに最高の勝利を見せてやる!!!!」
会場の真ん中辺りで歩みを止めたレオナルドが天に拳を突き出すと皆もお約束のごとく一緒に上げた。これは彼以外に賭けている者など居ないのではないだろうかと
疑うほど、一致団結していた。やはり歓声は止まない。
「次ぃぃぃぃ!!!北のヘビー級レスラー!獰猛たる白き怪物男!チェレンコ・イェラスキー!!!!!」
両方負けじと会場が盛り上がる。ヘビー級、レスラー、怪物男と今度はレオナルドより遥かな猛者をアリス達は想像した。東側の扉が開いたら視線は一気にそちらへ向けられた!
「フン、ただのシロクマじゃねえか………んあ?」
入り口から覗く人影を見据えたレオナルドの余裕の笑みが消える。
「どうしたレオナルド氏!まさか恐れをなして…。」
「何がヘビー級だ、ありゃあまるでベビー級じゃねえかよ!!」
司会の方に怒鳴りを上げるレオナルド、周りは状況が掴めず騒然とした。すると、彼の対戦相手が会場の土を踏んだ。
「…あ、あの…これは一体どういうことだ!?」
司会の動揺に震えた声がマイクのおかげで拡散される。静かだった観客席が今度はざわめき始めまたもや喧しくなる。

「…信じられない!!」
「ま…マジかよ!!」
アリスとシュトーレン、フィッソンも目を疑った。彼らがこんなに驚くわけ。それもそのはず、そこにいたのは途中ではぐれてしまった旅の連れ、エヴェリンだったのだから。
「おい!どういうことだよ!」
「誰だこのガキ!!!」
怒号の嵐が巻き起こる。当然だ、彼らは一人の選手に金を賭けているのだ。皆の形相は凄まじいもの。
「ひええええ生きててすいません!!!」
怖じ気づいたのを通り越してパニックに陥りかけているエヴェリンは膝をつき誰にたいしてかわからない土下座をした。勿論、それで何が許されるだろうか。事態は悪化するばかり。
「ちょっとマイクを貸して。僕は事情を知っている。」
司会に声をかけたのはシフォン。紙を見つめたままマイクを受け取った。
「静粛にしたまえ!!!」
声が別の人物、場の雰囲気に合わない喋り口調(司会はそれで叩かれたのだが何故か彼の場合は文句のひとつも上がらなかった)に違和感を感じつつ皆が黙って審判席に注目した。これだけ沢山の視線を浴びても微動だにしない。
「レオナルドの対戦相手、チェレンコ・イェラスキーは…………。」
しばしためてから続けた。
「…トイレ休憩の途中、通りかかった馬車に撥ねられ全身打撲した…という言い訳のため代理を遣わした。」
「馬の方が重傷だろうが!!!!」
「…て、言い訳かよ!!!!!」
周りからごもっともなツッコミが返ってきた。本来なら言わなくてもいいことをわざと言ったシフォンは観客の反応に一人満足していた。ちなみに、言い訳は本当だが何故司会ではなく審判の方が選手の事情に詳しいのかは謎である。
「いやぁ皆中々いいリアクションだね。なにか褒美をあげたいぐらいだよ。」
冗談好きの審判の一言にレイチェルはひきつった笑みを浮かべた。
「不戦敗の選手に賭けた客にお詫びの金を支払ってやらないとな…。」
シフォンは何も言わず司会にマイクを返した。









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