「改めて久しぶりだね、アリス。相変わらず元気そうでなによりだ。」
シフォンは仲間を跨いで彼女に握手を求める。さすが、ここはいきなり抱きついてくるような誰かさんとは違う。金網は観客席を囲む壁よりも低く、アリスは彼の手を握り返した。
「貴方達も見にきたの?」
早くも話題に入る。案の定シフォンも「あの時」のことや「道中の出来事」には一切触れてこなかった。
「生憎僕らは客ではなくてね。ある条件と引き換えに今回の祭りの審判を務めることになったんだよ。」
痛みが引いてきたレイチェルがやっとこさ立ち上がる。ちなみに彼は道中のことなど完全に記憶にないみたいだ。
「審判が急用で出られなくなったってのを宿屋の客から聞いて、条件つーか…新しい服をくれるかわりに俺達が引き受けてやったのさ!なのにもう汚れたんだけど!」
レイチェルはわざとらしく大袈裟に服についた砂埃を払う。アリスも気にならなかったわけではない。
シフォンは以前のフォーマルな衣装から比較的ラフな格好をしている。ベストは使い回しに見えるが新しい物。厚手の布で仕立てられたサスペンダーズボン、ラベンダー色に群青のストライプの入ったこちらもまた厚手のカーディガンを着ていた。頭には同色のお飾り程度の帽子、首にはなんちゃってのリボンをくくっている。一方レイチェルは黒いベストにズボンに腰エプロンと…前の衣装が執事(風)なら今度はまるでギャルソンを思い浮かばせる。こだわりなのだろうか。
「いいじゃないか。お前はお前で褒美をもらっただろう。」
しかしレイチェルは機嫌が悪そうだ。
「ああ貰ったよ、生牡蠣をな。どうやって食うんだよ。」
文字の羅列した紙や沢山のお菓子などで散らかったテーブルからビニールに入った大きな生牡蠣を拾い上げる。シフォンがすかさず袋を奪った。
「生牡蠣だから生で食うに決まってるだろう?」
袋から一つ取り出し、なんとそのまま自らの口に放り込んだのだ。
「まさか食いやがったぞこいつ!」
「…お味の方はいかが?」
いつもなら強引に毒味されるレイチェルは驚き、アリスは若干引いていた。
「…焼いた方が良いな。」
彼のお口には生の海産物は合わなかったらしい。なんとか飲み込んだあとテーブルに置いてある冷めきった紅茶を一気に飲み干した。

「おお、何がどうなってるか知らぬがお前らが審判か!」
少し遅れてフィッソンとシュトーレンもやって来た。
「お前は確か…鶏のフィッソンか?」
「違う。」
うろ覚えに顔を顰めるレイチェルにフィッソンは即答した。
「じゃあ七面鳥…兎がいる?」
フィッソンの隣の人物にぴんときたレイチェルが目を擦って凝視する。頭部から生えているそれは間違いなく自分と同じものだった。
「へぇーこの国にも俺と同じのがいるんだな!親近感が湧くぜ。アリスと一緒にいるみたいだが知り合いか?」
何も知らないレイチェルは気さくに話しかける。だがシュトーレンはそんな彼ではなく、眼中にあったのは隣の人物だった。
「シュトーレン…こいつは前の三月兎だよ。」
シフォンは顔色一つ変えず一言説明をした。そしたらやはり、嬉しいことこの上ないレイチェルは今すぐにでも邂逅した喜びを分かち合いたくてうずうずしているのにシュトーレンは魂が抜けたみたいにぼーっと突っ立っているものだからすぐに行動に移せなかった。
「君も…まさかまたこんな所で会えるなんてね。僕のこと、覚えているかい?」
ちょっとの間沈黙が続いたが、シュトーレンは無表情のまま息を吐くのと等しい感覚て答えた。
「…お前…誰…?」
アリスが目を丸くして彼の方を振り向く。
「え?レンさん…!?」
「悪いな、全然わかんねェ。」
まだ何か言いたげなアリスを無視して押し通す。レイチェルも疑いの視線を向ける。
「なーんか嘘っぽいなあ…ほんとーに忘れたのか?忘れられるものなのか?」
するとシフォンが片手を横に伸ばしレイチェルを制止する。
「レイチェル。…いや、別にいいよ。忘れたものは仕方ないさ。言ったって大分昔だものねえ。うんうん。仕方のないことなのさ。」
周りが納得いかないと感じているのはなんとなく察したがシフォンはそれ以上は彼に触れようともせず、自分の持ち場に戻った。







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