沢山の視線を一気に浴びながら進む。アリスはますますフィッソンが何者か気になった。
「ねえフィッソンさん。あなたは一体何者なの?」
彼との少ない記憶を辿ってみても、コートを着た素朴な青年といった印象しかないので印象しかないので、ざっくばらんな所は相変わらずだが逆に人格者に見えてくる。
「我は不死鳥の君。それ以下でもそれ以上でもない。」
またまやフィッソンは、答えになってない答えを返す。気のせいか、相手がなんとかしてはぐらかそうとしているのが薄々と感じられた。

「やったぜ!一番前の特等席まで着たぞ!」
シュトーレンは優越感に顔が綻び、耳は真上に跳ね上がる。アリスもさぞ清々しいことか。視界を邪魔するものなど何一つないのだから。
一言でいうなら円形闘技場。だが、観客席が一段しかないため、闘牛場のほうがイメージとしては近い。地面も均していないためでこぼこしている。こんな寒さにも関わらず観客はいっぱいで、座るものはおらず犇めき合っていた。
「お祭り?殺し合いでもするのか?」
「まさか!それじゃあお祭りじゃなくて血祭りだわ!」
シュトーレンの呟きに肝を冷やしたアリス。フィッソンは横に首を振る。
「鋭いな、三月よ。ただ殺し合いではない。決められたルールのもとで闘い勝ち負けを決めるだけのものだ。」
やはり喧嘩が好きなのかとうんざりしたアリス。彼は続けた。
「そしてここにおる多くの観客は誰が勝つかを賭ける…金をな。所謂、ギャンブルといったやつだ。我は専ら賭けはせぬが。」
それを聞くとなんとなくアリスも納得する。ギャンブルとはまだまだ無縁の少女だが、賭け事なら元いた世界でもごくごくありふれたものだった。念のために彼女は訊ねる。
「勝敗が決まったら終わりなの?」
また腕にしがみついてくるシュトーレンの頭を意味なく撫でながらフィッソンは返した。
「ああ、相手を殺めた場合は失格と罰則が課せられる。確かトーナメント式だったかな。優勝した者にはそれは豪華な褒美が貰えるぞ。」
アリスはほっとした。今まで見てきた争いは不毛かつ、不埒きわまりないものばかりだったから。
「でもお祭りってのはどうかと思うけど…ん?」
ふとアリスはあるものを見つけた。観客席には椅子がない。が、客が誤って場内に踏み込まないよう一メートルほどの壁が立ててある。それは一目瞭然だ。

ところが、一ヶ所だけ壁の外にベンチと長テーブルが置かれ、金網で囲まれている。しかも、その空間に座っていた二人の人物にアリスは見覚えがあったのだ。
「…なんて偶然なのかしら!最高の特等席を取ったのね!」
すぐさま人を掻き分けて無理矢理にでもそっちへ向かうことにした。
「アリス!?何処へ行くンだよ!」
後から彼女の行動に気づいシュトーレンはフィッソンの腕を引っ張り、人混みに消えそうな小さな背中を一生懸命追いかけた。


「んっしょ…狭い!苦しい…。」
手を伸ばし、力ずくで隙間のない間に割り込んでは足や肩から体を捩じ込ませる。これがフィッソンが先を歩いてくれたならどんなに楽だろうと思う。されども先に気付いたのはアリス自身だ。
「一体全体どうしたんだよアリス…いでっ!」
彼女より対格も背丈もあるシュトーレンにとってはもっと窮屈だった。訝しげにじろじろと睨む観客は、後に続くフィッソンの姿を目の当たりにしては混乱した。一方アリスは一心不乱である場所を目指す。誰の声も聞こえない。
「折角の再会なのにちゃんとお話してないわ。それってなんと勿体ないことでしょう。見たところすっかり回復してるみたいだから出会い頭の時の話は流して…でもなんて話題で流したらいいかな?お元気ですか…?やだ!それじゃあまるで本末転倒だわ!」
癖の独り言を呟きながらどんどん進む。進んで、進んで、ようやくたどり着いた。アリスは嬉々とした表情で金網から身を乗り出した。
「やれやれ、あまり見られるのは好かないのだが…。」
「こんだけ人がいるんだから仕方ねえだろ。見下ろされることには慣れてるくせに。」
二人は、観客が面白がって覗き見をしているのだと思い込んでアリスの方には目もくれない。ならばとアリスは声をかけた。
「シフォンさん、レイチェルさん!私よ私!」
興奮して思わず金網を揺らす。自分達を呼ぶ、記憶に耳に今だ鮮明に残っている少女の声に確信を持った二人はほぼ同時に顔をあげた。
「…アリス?……おい、えぇ!?マジかよ!アリスじゃねーか!!」
レイチェルは勢いよく席を立っては彼女の元へ歩み寄り、嬉しさと喜びのあまりアリスの頭に両腕を回して自らの胸に押し付ける形で一方的な抱擁を交わした。息が出来ず彼の腕の中でもがくがびくともしない。
「こんな所でまた会えるなんて信じられねえよ。本物か?お前本物か?…温かい…本物だ…ちょっと寒かったしこのままでいさせて。」
「人を幽霊みたいに言うんじゃない!」
いつの間にか自分も席を立ったシフォンは、お叱りの言葉と共にレイチェルの露になった丸い尻尾を力を込めて鷲掴みした。 
「あいったああああい!!!」
瞬間、レイチェルは体全身を飛び上がらせ直後にその場に崩れ落ちた。
「会いたい?会ったじゃないか、今。ほら。」
「…ッ、…おぉ…雪より冷たいこの仕打ち…んふぐっ!」
尻尾を庇いながらくの字の形で悶絶しているレイチェルの腹部に蹴りを入れるシフォン。時を経て扱いがより酷くなっているのではないかとアリスはまさか彼に同情するはめになってしまった。






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