その男はのっしのっしと大股でこっちに向かってくる。近くで見たら人並み外れた程ではないが、そこそこの巨体だ。筋肉質の頑丈そうな体躯は猫背で前のめり気味に、そして胸板に刻まれた傷跡やしっかり巻かれた包帯がいかにも荒くれ者の猛者を感じさせる。風に靡く青みががった灰色の髪は人の頭髪というより獣の地毛のようだった。

「突然叫んだらびっくりするネ!」
ビバーチェは何事もなかったみたいに立ち上がり、腕を組んで睨む。すぐ目前まで来るとやはり圧巻される。何故か目に巻き付けている布のせいで異質な雰囲気も醸し出していた。
「…すまね、木ぃぶつかっておどろいただ…。」
男は申し訳なさそうに頭を下げる。でかい図体して意外と小心者だった。口調もどこか田舎者くさい。
「人の少ないところではそれ外しなサーイ。こっちもいい迷惑だ…。」
「おい!肩に担いでるソレはなんや!」
二人の会話にフェールが横から入って叫ぶ。ビバーチェもちょうど聞こうとしていた所だったのだ。
「出口で倒れてたから拾ったでよ…。ほっとけなかっただ…。」
男が軽々と肩に担いでいたのは森の迷い子の少年、ドルチェだった。微動だにしない。気絶していた。
「あーもう!ほんとガキンチョ大好きなんだから!ワタシにお世辞してくれたからちょーっとお礼をしてあげたってのに!」
鉄扇を額に当てビバーチェがひどく落胆する。お礼をしてあげたのなら別に彼がここに連れてきてもそんなにがっかりする必要はないのではなかろうかとフェールは心の中で呟いた。そもそも気絶している時点であまりいい予感はしない。
「てか拾ってどうすんのよ。」
刺の含んだ彼女の声に男は俯く。
「わかんね…取り合えず…手当てできる奴探すだ…。」
男の言葉に悪い予感が一気に込み上げてきた。ドルチェが今に至った訳は色々考えられるが、この流れでは間違いない。彼女のせいだ。
「俺こう見えて器用やで。手当てぐらいならお茶のこさいさいや。」
あえて余裕ぶった笑みを浮かべる。男はフェールの目論見通り、安心して任せられると信じてドルチェを地面に横たわらせた。
「おし、じゃあこいつはウチが預か…って………ははは…手当て…とかいうレベルちゃうやろ!」
まさかと思いフェールはドルチェのズボンを捲り上げる。膝を中心に皮膚が赤黒く爛れており、関節は外れ折れた骨は剥き出しになっていた。おぞましい様に身の毛がよだつ。
「なんちゅうこっちゃこれは…。」
あまりの惨たらしい仕打ちに怒りすら忘れてしまう。男は自分の左手にはめていたガントレットを外し彼の足元へ落とした。
「…これ売ったら…薬ぐらいは買えるべ…お医者さんに…見てもらうんだな…。」
低く、くぐもった声。覇気はない。しかしそれが忘れかけていたフェールの怒りを覚ましてしまう。だが、決して表情には表さなかった
「ま、世の中金やもんなぁ〜!ありがたく頂戴いたします。」
彼の皮肉にも男は物動じしない。
「オラは…手当てできねえだ。…人の多いとこも…行けね…。すまねえ、これは…オラなりの償いだ…。」
よく見たら髪と同色の尻尾が生えていた。人目の多い場所を避けたいのは目立つのが嫌だからだろうか。正直どうでもよかった。

「アレグロ!そろそろ行くヨー!」
当の加害者であるビバーチェは被害者など眼中にすらない。気づけばフェールより前に進んで笑顔で手を振る。重荷がなくなったアレグロと呼ばれた男は素直に彼女のところへついていく。
「ちょっと待って!」
フェールが慌てて呼び止める。
「…ワタシは悪くないわよ?」
振り向いたビバーチェはなんら澄まし顔だった。本来なら彼女を責める所だが、冷めやすい性格なのと悪気の更々ないビバーチェに何も求めてはいなかった。
「なんで、呪いを解く方法を教えてくれ
をかったんや。」
教えてもらっていたところであのとき何か変わっていたとは思えないが、番人を任せておきながらどうも腑に落ちなかった。しばし考え込んでから答えがかえってくる。
「ユーは誰かに脅されたらすぐに教えちゃいそうだもん。」
しかし、はっきりと「そんなわけない」と否定できない自分がいる。口からでるのはやはりまたいつもの皮肉だった。
「そないに信じてへん奴にあんなことが出来るんか、お前は。」
するとビバーチェは、首を斜めにウインクした。
「それとこれとは別ネ!」
彼女は返事を待たずに、アレグロと共に先へと進んだ。ここに止まったのもたいした理由なんかないのだ。

「…というか、例の場所は今あいつらが向かってるとこやんな?…なんで俺の後ろから…。」
これ以上答えの見つからない謎に頭を使うのは無駄だと、下を向けばまたすぐに現実と向き合うことになった。フェールは頭を抱える。自分で言ったからにはなんとかしなくてはいけない。
「にしてもなぁ…俺やて人の街には出たくないんやけど…てか、どうやって運んだらええねん!」
治療費に換金するための謎の鉄の塊と自らの足で動けない人を同時に持ち運ぶ術が思い浮かばず、一刻も争う状態でフェールはただただため息しか出なかった。








|→


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -