相対の国の人はここを名無しの森と呼ぶ。訪れた者は自分や他の人の名前を忘れてしまう。名前はなにかしらの意味があり自分を象徴する言葉という理念を持っている相対の国の人々からは大変恐れられており、子供か異邦人がたまに迷いこむのみで普段は人気のないまるで樹海のよう。ちょっと意地悪な所もあるが、親切な案内人かがいることも勿論知らないで。

だが、名無しの森の呪いは解かれた。

今やここはただの森なのだ。

そんなことも誰も知らない。

だから、誰も来ない。

もっぱら彼は唯一羽を休められる居場所を荒らされたくないため、人が来るのはごめんだった。

「あーー…もう!どないしたらええかわからん!」
草が生い茂る地面、フェールが大の字で寝そべっていた。きっちりとかためていた服も所々破け、顔には浅いひっかき傷が残っている。ついさっきとある野良猫に弄ばれたてたいそう疲れていたのだ。
「あいつらあのまま真っ直ぐ行ったんやろか… ま、せなからこんな静かなんやろうけど。…はぁ…ははは…。」
聞こえるのは鳥の囀りのみ。フェールはひとまず安堵の一息をついてから、ふと笑いが漏れた。
「…俺ってなんやったん?自分からろくになんもしたこともないから頼まれたことのひとつぐらい…。いや、あほらし!」
痛む体に鞭を打ち、ゆっくりと体を起こす。しっかりと立ち上がればうんと伸びをして頬を二回叩いた。
「くよくよすんのはウチらしゅうない!せや、帰って腹満たして寝よ!」
リンゴ一個で満たされる腹ではない。気をとりなおそうとフェールは自分の住み処へ歩いて戻ろうとした。

「アチョオオオオオオオ!!!」

誰も居ないはずの森に一際甲高い女性の声がした。「おかしい」、「そんなはずがない」と頭のなかで言い聞かせながら恐る恐ると声が聞こえてきた方向、後ろを振り向いた。
「なんや…はぶぇっっ!!?」
次の瞬間、フェールは枯れ葉の如く軽々と飛んだ。そして地面に二回ほど全身を打って最終的に転がって倒れた。
「…って〜…いきなり蹴られた…?」
脇腹をおさえながら見上げる。そこにいたのは金髪で顔立ちの整った美女だった。
「さすが、今ので蹴りだとよくわかったネ!」
美女は仁王立ちでフェールを無邪気な笑みで見下ろしていた。露出がやや多目の黄色のチャイナ服のような衣装、とても鮮やかな金髪はお団子にまとめているが一分の毛先が出ている。真ん丸い紅い瞳。何より深紅のリボンが巻いてある頭部の横に生えた黄金の羽が特徴的だった。
「…ッ!?ビバーチェ!お前がおるっちゅうことは…!?」
フェールは彼女を知っていた。フェールにこの森の番人を任せたのは他の誰でもない、彼女だったのだから。
「久しぶりネ、フェール。でも実物と会うのはもしかして初めてネ。なんなら触って確かめてみる?」
ビバーチェはじりじりと距離を詰め両腕でわざとらしく豊満な胸を寄せる。男である以上、その裏にトゲを含んでいたとしてもダイレクトな色仕掛けには揺らいでしまうもの。
「ええわ…さっきので十分わかったさかいに…。」
苦笑いで視線をそらす。よほど疲れていたのだろうか。ビバーチェが「ちぇっ」と軽く拗ねるがこれも予想通りだとすぐに表情を戻す。
「本来なら役目を果たせず、挙げ句に鍵の所有者の侵入を許したお前をワタシが生きているうちに八つ裂きにするつもりだったけど…。」
フェールは何も言わなかった。そうされても仕方ないと思っていたからだ。
「封印を解いたのがなんにも知らないガールアンドボーイでよかったワ。…だからオシオキはあれぐらいにしてご褒美もしなくちゃ…。」






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