「埒が明かないだけに拉致らないで〜。あつ、やぁ、転んじゃう!」
はや遠くからアリスが何か言っている。やがて姿が見えなくなった。

「…追いかけないの?兄さん。」
消えていった先を眺めながら訊ねたツバキにサカキは肩を落とし、落胆に目を伏せた。
「今回は彼の連れもいますし、うっかりしていたがこれ以上見苦しい所は見せられない。」
そう言ってアリス達の手元に渡ることのなかった麻の袋を拾う。ツバキの鼻がわずかに動いた。
「兄さん…黄泉草てこんな甘い香りするものだったかしら…。」
ちなみに彼が持ってきた黄泉草とは、独特の匂いが特徴の薬草で、その匂いを嗅いだらたちまち気分が良くなり疲労回復するという。しかし、道端に咲くなんら合法の薬草なので気休め程度の効果しか得られない。
「え!?ああ…日がたつ内にそうなるものでして…ははは。」
ぎこちない笑みで取り繕い懐にしまった。ツバキは「彼等」がいない今だからこそ何も言わなかったが、同じく薬草に詳しい者としてサカキが黄泉草と偽って違うものを渡そうとしていたのに気づいてしまった。ツバキはこれに耐性があったのも彼の考え通りのことだろう。

サカキが持ってきたのは調合した非合法の、強力な眠り薬だったのだから。



―――――――…


あのままずっと速度を保ったまま歩いてきたら疲れもたまるわけで、岩場に腰を掛けて魂の抜けたような顔で虚空を見上げているアリスと仰向けになっているシュトーレン、フィッソンはもうひとつ大きな岩場に寄りかかってクリームパンを頬張っていた。
「すまぬな、アリス…ええと、拉致?」
何故かフィッソンだけやたら元気だった。
「フィッソンさんに鍵渡したら私達この国に用がなくなっちゃうわね…。」
アリスの呟きにシュトーレンがちゃっかり首にかけて服のなかにしまっていた自由の鍵のチェーンを外す。フィッソンが受け取ると、それはより神々しい光を放って見えた。
「ならば、白の女王に是非とも会ってはくれぬだろうか。あの方もお主の顔を一度でも見たいとの仰せだ。」
アリスは少しの間悩んだ。用事が終わったら帰りたい、しかし国の偉い人がわざわざ招いてくれるというのは滅多になければ非常に断りにくい。
「うーん…そんなこと言われてもなあ…。」
悩めるアリスにシュトーレンが彼女の会ってみたいという気持ちを後押しする。
「いーじゃねェか。俺達は用がねえ…いつでも帰ろうと思ったら帰れるだろ?」
彼はぴょんと体を起こす。なんだかんだで行ってみたいのは自分だった。
「そうね。それに赤の女王様に会ったら白の女王様にも会わなくちゃ!」
なんとなく彼女はこのままだともったいない気がしたのだ。
「かたじけない。二人なら乗せて飛べるが…今はあまり目立ちたくない。」
優雅な空中旅行が楽しめると思ったアリスは実に残念がったが、どんなことがあるかわからないため、渋々妥協した。
「そのかわり、我はいくつか近道を知っておる。そう時間はかからぬ…ついてくるんだ。」
アリスとシュトーレンは、先頭をきって進むフィッソンに続き、白の女王のいる場所を目指した。



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