「ありがとうございます。私の名前は…。」
「聞いてないから。」
それっきりアリスは彼女に何を話しかけていいか、いちいち考えなくてはならないはめになった。シュトーレンは本能的に「かなわない」と思ったのかもっぱらだんまりを決め込んでいる。
「あ、もう終わったみたい。」
そう言ってツバキはアリス達にくるりと背を向けた。理由はすぐにわかった。遠くに見える黒い小さな点、それが何かと疑う間もなくこちらへ向かって飛んでくる。大きな翼を広げ、まるで飛行機が滑走するように見えたのだった。
「さっきの怪物カラスだわ!」
「でっけえ!!」
アリスとシュトーレンが立て続けに驚きの言葉をあげる。対しツバキの機嫌は更に悪化した。
「誰が怪物ですって?」
こればかりは何故彼女がご立腹なのかさっぱりで、アリスもとうとうお手上げだ。
「お疲れさま。」
怪物カラスはツバキの少し手前で、甲冑に身を包んだままの双子を降ろし自分もその場に着地した。羽をたためば意外と細身だが、間近で見たら大きさはやはり、圧巻ものだ。アリスもシュトーレンもおもわず息を呑む。
「随分、早いのね。兄さん。」
ツバキは目の前の黒い巨体に微動だにしないどころか、「兄さん」と呼んでいた。
「カラスがお兄さんって、おかしな話だわ!」
アリスは口を挟まずにはいられない性分なので、ほら、彼女の機嫌を損なうばかりだ。
「いちいちうるさいわね。」
「まあまあ、仕方ないですよ。」
なんと、カラスが嘴をぱくぱくさせて男の声で喋ったのだ。
「うわ、アリス、喋ったぞ!!」
怪物カラスを指差してアリスの腕をゆさぶるシュトーレンにとっては立派な好奇の対象だったが、アリスからしてみたらこれまで様々なものが喋っているのを耳にしてきたわけであり、これぐらいのことでは驚かないようになっていた。
「アリス…旬な名前ですね。」
そう神妙に呟くと、怪物カラスは、見る見るうちに体が縮んでいった。
「まあ…普通のカラスにでも戻るのかしら。」
そのカラスは小さくなり、羽が消え、鋭い嘴も引っ込み、やがてそれは自分達と同じ人の姿になったのだった。これにはアリスは目を点にしてやや前のめりで凝視した。
「まさか、人間になっちゃうなんて…!」
そこにいたのは、ツバキと同じ艶やかな黒髪を長く伸ばし、眼鏡をかけた和服の青年だった。
「こんにちは。私はサカキ、図書館の司書を勤めてます。…こちらはツバキ、私の妹です。」
穏やかな笑顔と鷹揚とした態度で深々と頭をさげて会釈した一方でツバキは顎を上に突きだしてこちらを見ている。兄妹なのにこの歴然とした差は一体なんなのだろうと考えたらアリスは急に愉快に思えてきた。顔をあげたサカキが言った。
「用事で空を飛んでいたら目にしましてね…なに、ご近所ですしこの子達のイタズラはいまに始まったことではございませんから…。」
続けてツバキは吐き捨てるように言う。
「はっ、こいつらのイタズラの被害者の介抱をしているのはいつもたあし達なのよ。」
「口を慎むんだ、椿!」
態度の悪さに兄として厳しい口調で叱りつける。反抗するかと思いきやびくっと肩を震わせ畏縮し、「だって…。」と言ったきり黙ってしまった。
「私のお姉さまみたい!」
ふと自分の年上の姉と重ね合わせる。
「おまえ、お姉さまがいたのか?」
シュトーレンの問いに対しアリスは微笑んで返す。
「お姉さまもいるし、妹もいるわ。」
サカキは彼女を上回るとびっきりの笑みで返した。
「さようですか。」
「でも私がしかっても全然いうことを聞いてくれないの。お姉さまの言うことは聞くのに!」
アリスは初めて会った人に内輪話を愚痴ってしまった。








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