想像をはるかに上回る漆黒の巨体に鋭利な嘴、まごうことなく姿だけはカラスそのものだった。だが驚くのはこれだけではない。なんと追い払うどころか、逃げようとする双子をそれぞれ足で背後からかっさらいそのまま向こうへ飛んでいったのだから!
「…アリス。あれもお前の…その詩どおりなのか?」
アリスは首を横に振った。
「いいえ。連れ去るなんてことはない。だから私も混乱しているの。」
それっきり辺りはしんとなり、嵐が過ぎ去ったあとのような静寂に包まれた。
「ってー、結局俺達ほったらかされてんじやん!」
そうだ。この罠の仕掛け人が拉致されてしまってはどう出られようものか。嘆く相方を尻目にアリスは「いたとしてもそう易々と出してくれなさそうだけど」とひどく辛辣な気分になった。
「困ったわね。食べるものとトイレとお風呂がないところで3日ももつかしら。」
シュトーレンは心底ぞっとした。
「3日もこんなとこにいられるか!退屈で死んじゃうだろ!」
最低限の生活水準を奪われたかわりに与えられたものはとても厄介なものだった。退屈で死ぬ前に飢え死にする方が目に見えているが。
「うさぎって寂しいと死ぬのは聞いたことあるわ。」
自分でも呑気だと思う。でも気なったことがあるなら聞かずにはいられないのがアリスの性分だったのだ。
「寂しいから退屈、つまり一緒だろ?」 
真面目に答えるシュトーレン。それにはおかしいとまたまた首を振る。
「寂しいと退屈は別よ!」
アリスは少しだけ意地になって続けた。
「だって私がいるでしょ?ほら、ひとりぼっちじゃないでしょ!?」
「…お前がいても退屈だったらどうすンだよ。」
それを言われたらアリスは身も蓋もなかった。正直、やるせなくなり、ついついきつくあたった。
「そういうこと言うのやめてよ!地味に傷つくんだから!」
「ご、ごめんて!!」
悪気はない彼はややアリスの気迫に怯え、上ずった声で謝った。密室のなかでやや険悪な雰囲気になりかけている所に誰かが檻のそばへやってきた。
「はーやれやれ。」
その人物は小柄な少女だった。黒檀のような赤みを帯びた艶のある髪は膝下まである。赤と黒を基調とした和服に似た衣装を身に纏い、頭には椿の花とカラスの羽の飾りをつけていた。
「いい加減懲りてくれないかしら。迷惑なのよね、全く。」
少女はうんざりと云わんばかりに不快な顔で深い溜め息をつく。
「あなたはどなた様?」
アリスが好奇の目を彼女にそそぎながら訊ねた。なにしろ、黒い髪に和服といった少女の外見はアリスにとって大変珍しかったのだから。
「あたしはツバキ。そんなじろじろ見ないでよ、へどが出る。」
一方、ツバキと名乗った少女はアリスの視線が大層気持ち悪く感じた。
「ごめんなさい。私の名前はアリス…。」
申し訳なさそうに慎み深く自分の名前を口にしたが本名まで続かなかったのは、ツバキが手袋をはめたその小さな手で、腰を低くし、檻の下の方の格子をしっかり掴んではいとも容易く軽々と持ち上げたという驚愕の光景を目の当たりにしたからだ。
「よーい…しょっ、と。」
覇気のない掛け声とともに一気に腕を上げ檻を手放す。檻はゆっくり、地に横たわるのを拒むかの如くゆっくり、しかしむなしくもあっけなく横転し、これまた派手な土埃と轟音を立てた。
「ふん、人の罠なんてしょうもない。…………さて。」
手袋についた煤をはたき取る。ツバキは何事もなかったみたいな澄まし顔でアリス達を横目で睨む。
「…助けたわけだけど、礼はないの?」
アリスとシュトーレンは我に返った。まだにわかに信じられないが、深呼吸して会話が成り立つぐらいには気持ちを落ち着かせた。
「本来あたしにはあんた達を助ける義務なんかないのよ。それなのにわざわざこうして助けてあげたってのに「ありがとう」の一言もないわけ?それが言えないならあのクソガキ以下ね。」
しばらく言葉に詰まった。アリスは「よくもまあここまで恩ぎせがましい言葉が立て続けに出るわね。」と感心した。しかし、クソガキとやらがあの双子のことを指しているのだとすれば、比べられた上に格下に見られるのは御免だった。それにしてもシュトーレンはさじかし肩身が狭いだろう。気が強い少女と気と力の強い少女に挟まれているんだもの。そこにいる誰も気にしちゃあいないのだが。






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