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アリスはたしかに、続く限りの道をひたすら歩いてきた。なのに、どうして道に迷うことがありえるのだろうか。

「そ、そんな…。」
気付けばいつの間にか暗い森の中でひどくうなだれながらぼーっと立ち尽くしている。どこを歩いても同じような背の高い広葉樹がそびえているのみ。
「もう森なんか二度とみたくないわ!だって散々こんなに歩いて…ああでも大丈夫だわ。」
人の気配など全く感じられないこの場所で自分で自分を慰めるより他なかった。
「元の世界では森を歩き回るなんてこと滅多にないんだから…。元の…世界…に、帰りたい!早くここから出たいよ〜!」
アリスの悲痛な訴えは虚しくこだまするだけであった。同時に後悔の念が心に押し寄せてくる。
「あーあ…あの扉を開ければ良かったわ。」
「全くその通りだ。」
今さらになってどうしようもないことをぼやいた直後であった。何処からか、自分ではない誰かの声がかえってきたのだ。
「………誰?」
こだまの仕業ではないかと、小声で呟いてみると今度は向こうから話しかけてくる。
「久しいな。少女が此所にやって来るのも。」
会話が噛み合っていないのはアリスの呟きが聞こえていない、つまりアリスではない誰かがそこにいるという証拠だ。しかし、声がするだけで人影はどこにも見当たらない。
「誰なの?どこにいるの?」
不安、まさか、寂しかったものだから彼女は嬉々として周りをきょろきょろと見回す。だがいない。
「例に漏れず質問の多い女だ。」
声は低く、妙に威圧感があった。
「上を見るがいい。」
言われた通り見上げると、青年が腕と足を組んで樹の枝に座っていた。逆光のせいか、シルエットみたいで姿をうかがうことはできない。
「なんだかデジャヴね。貴方によく似た人にこの国で出会ったわ。」
「俺をあんな虫けらと一緒にするな。」
虫けらというのも随分な言われようだ。実際「彼」に助けてもらっただけあってどうも納得いかない。文句の一つでも言ってやろうとしたその時、声の主が突如樹から飛び降りた。
「きゃあ!?」
思ったより着地した場所との距離は近く、衝撃と反動で後ずさる。三メートルはゆうにある高さから軽々と降下したのも驚きである。
「…アリスとやらか、お前は。」
ようやく姿がお目見えになった。心の中では正直なところ「この国ではいちいち名乗らなくてもいいのだから便利ね」と呆れつつあったが閉じていた瞳をゆっくりと開けるとアリスの表情がみるみるうちに固くなっていく。
「えっ…。」
彼女の反応には興味がないようで、構わず青年は名乗った。
「俺の名はフェンネル。この森の主だ。迷ったということはもしや…。」
だがアリスは茫然としたまま全く話など聞いてはいなかった。人の話を聞く態度にしたら相応しくないので眉をしかめ大股で歩み寄り、それでも尚動じないアリスの額めがけて容赦ないデコピンを喰らわせた。
「ふぎゃっ!?」
我にかえった矢先に強い痛みにアリスは額をおさえ涙目で悶えた。それもそうだ、骨にでも当たったみたいな、(本人にはそのつもりはないようだが)嫌な音が鳴るほど力がこもったデコピンは相当痛かっただろうに、証として真っ赤な痕が暫し残った。


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