淘汰の国のアリス | ナノ

「…どうして…?」
貴方がここにいるの、と同時に聞きたかった言葉は「貴方がこんなことに」だろうがその問いは少し不適切だと口をつぐんだ。それ以前に、アリスの頭の中は一気に真っ白になった。

「どうして貴方がここにいるの!?なんで…ッ」
だがとうとう我慢ならなかった。アリスはひどく狼狽しているのか彼の体を抱き寄せた。脳内のように純白なエプロンには鮮やかな赤が飛び散って模様を作っている。チェシャ猫はもう、息をするのさえやっとなのだろうに。こんな状況においても、笑顔だった。
「……アリス…、だって…君…危なかっ…」
「喋ったらダメよ…!」
穏やかにも見える彼の微笑みか口端から微かに伝う血を見てアリスは大きく首を振った。助かる見込みがないなんて信じない。だって体を大きく斬られたレイチェルだってピンピンしていたのに。だから、また彼の声が聞けると思っているのに、不安しか立ち込めてこない。
「…ねえ…なんで……泣いてるの…?」
力なく手を差し出す、アリスはその手を握り返した。チェシャ猫は虫の息で続けた。
「…泣くのは…悲しいとき…だけなんじゃな、いの?」
途端にアリスは箍が外れたように泣き出した。
「じゃあ…なんで貴方は…そんな嬉しそうに笑ってるのよ!」
きつくあたるようにしか言えない自分に嫌気が差した。でも感情を制御できない所まで心に余裕などなかった。それに、明らかに体の真ん中にもろ銃弾を喰らったのになぜ笑っていられるのかが理解できなかった。
「……だって…君が助かって…嬉しい……嬉しい時には…笑うんだって…」
思い返せば、チェシャ猫はいつも笑顔でそれが彼にとってありのままなんだと考えていた。でも夫人の葬式の時、笑ってもなければ泣いてもいなかった。きっと感情に相応の表現がわからなかったのだろう。そして知ってしまったのだ、アリスが夫人の死を目前に「悲しいから泣く」というのを。そんなチェシャ猫が今は本当に嬉しそうに見えた。だけど。

「…いや、いやよ…私…助かっても…貴方が死んだら…ちっとも…嬉しくない!」
「…猫はまだ死んでないよ…」
アリスを安心させたつもりなのか、でももはや手に力すら入らない。霧のように消えては現れる彼の手はまだ温かかった。
「…でも、もう…無理かもしれないな…慣れてないもん…こういうの…」
「猫さぁん…やめて…」
アリスが苦しそうに嗚咽するのを、チェシャ猫はさも面白い物を目撃したかの如く好奇の目で見つめてくるものだから余計に心に刺さる。
「…アリス…お願いが…ある、んだけど…」
「な、何かしら?」
片手で乱暴に涙を拭い呼吸を整えた。



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