淘汰の国のアリス | ナノ

その時、何かが空を斬って音速に近いスピードで向かってきた。
「………!!」
不意討ちにも慣れている百戦錬磨の騎士は大剣を片手で振りながら身を翻し、何かは甲高いキンッという金属音を立てて勢いよく跳ね返る。エースは今の一撃でその感触からおおよその見当がついた。
「暗器か…。いや、これは」
地面に向かって薙ぎ払ったそれは、先が鋭く尖ったバターナイフ。まさかこんな、食卓に並んでいるのが正しい代物で自分を狙うなんて…腹立ちではなく疑心に駈られた。だがそれがただの目眩ましだとエースは知らない。
「………っはあぁ!!!」
背後か女性の気合いを入れる声。エースは軽々と自分に降り下ろされる物を剣で受ける。今度はさっきとは比べ物にならないぐらいの衝撃と重みだ。それよりもエースが驚いたのは、目の前にいる奇襲を仕掛けた人物だった。

「…メアリ…貴様…!!」
「お久し振りでございます。エース様」
水色の長い髪、英国風の正統派メイド服の女性。いや、今や罪人であるがピーターに仕えているはずのメイドそのもののメアリがそのおしとやかな風貌に合わない木こりが持っていそうな斧を手にしているのだ。
「こんな形で会うとはな…」
メアリは全くの無表情で、エースが力で押されているのにたいし彼女はびくともしない。
「私も残念です。エース上官」
かつてメアリはハートの城にメイド見習いとして働いていたが内なる力をエースに見抜かれてからは彼の独断で兵士としての修行を受けていた。その実力を買われてローズマリーからピーターの護身を任された今ではメイド業をこなしつつ主人のために以前に磨きあげた力をいかなる場所で発揮している。

「残念なのはあっしも同じですぜ。エースの親分。」
そんなエースの後ろに、風のように颯爽と現れた。ナイフを投げた本人が悪びれもせず飄々としている。首だけ振り向いたら、そこに立ってこちらを不適な笑みで眺めていたのは水色のつなぎを着た細身の青年だった。赤い瞳が光って見える。その瞳に目をわずかに奪われた刹那、エースは右目に謎の激痛が走った。

「なッ…ぐ、ぅ…」
見計らったようにメアリは素早く身体を後ろに引いた。エースは右目を強く押さえる。信じられるだろうか、彼の目には痛々しくもドライバーが刺さっていたのだ。頬に伝う生暖かい赤い滴。機能を果たさない部分が痛みを増していくだけ。
「あっしらと違う生粋の騎士様なら、もっと身を固めておかないといけやせんね。攻撃にパターンもありゃあしやせんよ」
「ビル…まだ…このようなことを!」
憎らしげに吐き捨てる彼を無視してビルは歩み寄る。エースも痛みに耐えて剣を振ろうとしたが、なぜか身体に力が入らない。
「ああ…それ毒塗ってありやして。いやぁ、フェアじゃないと?あっしも依頼以外素人以外は初めてでして…」
手足が痺れてきて柄を持つ指先に痛みが走る。
「…私に歯向かうということはつまり、貴様らを使わした女王陛下を裏切ることになるぞ…!?」
立っているだけでも限界だっただろうエースは今身体に残されている力を出しきろうと足を踏ん張ったが、膝に何かが刺さる。ビルが咄嗟に毒塗りナイフを彼の足めがけて蹴ったのだ。

下半身の力が失われ今にも崩れそうなのをなんとか耐えようとしている最中だ

「私達が仕えているのはピーター様でございます故、彼を救うため。どうかお許しを」
メアリが完全に油断していたエースの頭上に力一杯、その斧を降り下ろした。



―――――――…





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