淘汰の国のアリス | ナノ



「……シフォン、なぜお前が?」
大理石の小さな墓の前で、黒いコートとスーツに身を包んだシフォンが可憐な白い花束を抱えて立っていた。墓には「ナターシャ・ベルガモット公爵夫人」と彫られている。そんなシフォンの背中に少し後ろから、シグルドが声をかける。

「いいじゃないか。別に…君もどうだい?」
振り向くことはない。シグルドは顔を横に反らす。気分は優れないようだがお墓を前にしたら大体はそうだろう。
「…後でよい」

「…そうか」
それだけ言ったら墓の前に歩み寄り、花束とポケットから取り出した1つの封筒をそっと置いた。そしてしばらく黙祷を捧げたらゆっくり一歩、二歩と下がり、愛しい人が静かに眠る場所を優しく穏やかな瞳で見つめた。

「大変だ!!大変だ!!!」
突如、向こうから誰かがひっきりなしに叫びながらやってきた。シグルドがその人物の異様な格好に仰天し、指を指して名前を呼んだ。
「マーシュ…なんだね、その格好は」
息を切らして駆けつけてきたのは、鎖かたびらをしっかり着こんで背中には長いジャベリン(槍の一種)を装備していた。膝に手を乗せて呼吸も不規則なものだから相当重い装備で走ってきたのかもしれない。
「そんな事より…はあっ…大変だぜ…ピーターが殺人容疑により処刑つって…たった今決まっ…」
「Das kann doch wohl nicht wahr sein!(そんなバカな!)」
シフォンが思わず素の流暢なドイツ語で疑いの声をあげる。
「シフォン?」
側にいたシグルドが機嫌も大層悪そうに睨む。いきなり状況がやかましくなったのが気にくわないらしい。

「…ああ、いや…すまない。…しかし厄介なことになりそうだ。」
「…厄介とはどういう意味だね?」
途端に腕を組んで眉間に皺を寄せ深刻に悩み出すシフォンに全く彼の意図が読めないシグルドが訊ねる。
「ピーターが捕まった、ならばアリスの事だ。真っ先に行動を起こすに違いない。」
「はは…そんなまさか…」
ようやく呼吸を落ち着かせたマーシュが軽く笑い飛ばそうと両手の平をあげるも、他の二人の真剣みを帯びた表情と雰囲気にあながち笑い事では済まされないと黙り混む。

「…だが、ハートの城はそう攻略はできんぞ?ガードは硬く、あの数の兵士の目を避けられるとは思えん。ましてやあやつらが…」
そう。エースかジャックの目に留まれば最後だ。するとシグルドは袖から何かを取り出す。一見するとごくごく普通の茶色く丸いかさをした歯ごたえ抜群だろう、1つのキノコだった。

「この小さくなるキノコとやらを使えばなんとか脱出は出来るかもしれん」
だがシフォンの顔は晴れない。
「出来るだけ早く届けたいが僕の足では…カードの効果はまだまだだし…」
そうこうしているうちにも皮肉に時は流れゆく。1つだけ望みはあった。
「そうだ。フィッソンに頼もう」
「アイツはいまいないぜ」
マーシュが気まずそうにそっぽを向きながら即答する。
「確かめたい事があるって故郷に帰ったよ」
「畜生!!」
わずかな望みも消去され、シフォンは悔しそうについには帽子を地面に叩きつけてしまった。シグルドも彼の見たことのない荒れように一瞬戸惑いの色を露にした。




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