淘汰の国のアリス | ナノ

「…………。」
ふと現実世界での記憶が頭をよぎった。父親の仕事が忙しい時はそれまで休みの日には遊んでくれたのに一向に紙切れとにらめっこして構ってくれなかった事を。これが、仕事をする人間の姿。アリスにはまだ仕事とは何か具体的にはわからなかったが仕事で稼いだお金が家族を養ってくれている事ぐらいはわかっていた。誰かの為か自分の為に、必死に働いているのを邪魔してはいけない。元々は彼の部屋なのだ。ちょっとは体も癒えたアリスはそっとベッドから抜けようと脚を出す。

「…どこへ行くんだい?」
兎の長い耳には布と布が擦れる音でさえ余裕で耳に入るらしい。
「ここは兎さんの部屋でしょう?いくら知らなかったとしても、十分くつろいだし。なんだか申し訳ないわ」
「………今からどの部屋で休むのさ。」
「それは…」
特にあてなどあるはずがなかった。せっかく用意してくれたが既に先客がいる、かといってそれ以外の部屋を勝手な使っていいのだろうか。
ならば他に開いている部屋を誰かに尋ねるのが一番だが、あの感じでは周りに知られては厄介な様子だった。面倒な事にはしたくない。

じゃあ仲間の部屋に転がり込む手がある。…かえって迷惑かもしれない。仲間の部屋すら知らない。途方にくれていたアリスを見兼ねたピーターが再び書類に向かって助け船を出した。

「今は大幅に兵士がいなくなったから空いてる部屋はたくさんある。」
「…ほんとに!?」
アリスが予想だにしない展開に気分が晴れやかになる。
「死んだばかりの奴の部屋ばかりだけど。」
「………うぅ…」
あんまり休めたものではない。助け船から転覆したが如く沈んだアリスは更に落ち込んでしまった。最悪、どこかには行こうと覚悟を決めるも気が進まない。
「……れば…いか…」
「…今、なんて?」
何か呟くように言った言葉が聞き取れず、腰から上だけを寄せて聞き返す。
「ここにいればいいじゃないかって言ってるの」
机の上の書類は半分以上の厚さに減っていた。手際よく、慣れた手つきで判子を押していく。そんなことよりも、ピーターが言った台詞がにわかに信じがたいものだった。アリスは小首を傾げる。

「兎さん?でも…」
相変わらずこちらには目もくれない。あともう一息なのだろうか。
「仕事の邪魔にはならないみたいだし今更突き返すようなこともしたくないし。…心配しなくても何もしないさ。僕も疲れてるんだ」
机の引き出しから茶封筒を2つ出して今まで押したのとそうでない書類を丁寧に入れてクリップで中身が出ないように止める。封筒には、「墓場行き」と「親族に渡す」と書いてあるが明らかに墓場行きの方が分厚い。
「でも…」
「んーっ、なに?」
封筒を引き出しに無理矢理詰め込んで仕事が一段落ついたピーターは椅子から腰をひきおもいっきり腕を伸ばす。戸惑うアリスには気づいていない。
「まさか一緒に寝るっていうの?」
何を言ってるかわからないみたいな顔でこちらを凝視されたがすぐに態度を戻す。
「は!?…あー、まさか。僕は下ででもどこでも寝るから大丈夫だよ。」
実際に下といったら床しかないわけで、カーペットが敷いてあるので体に負担はかけないがここに自分の寝床があるというのに、しかも微妙に肌寒い。アリスはお風呂上がりにすぐにベッ
に入ったからまだしもそれ以外の場所ではそう長くもかからず体が冷えてしまう。




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