淘汰の国のアリス | ナノ

「…なんでもない。忘れてくれ」
そう言ったきり、アリスもシグルドも口を開かずにいた。屋敷からは抑揚のない一定のリズムで子守唄のような何かが重々しい声で聞こえてくる。庭には誰もいない。あの数の人が収まったようだ。

「………始まったのね」
「そうだな」
「……また会えるって思ってたのになぁ…」

たどたどしい弱い声で呟いたアリスは突然、慌てて目を手の甲で力強く擦った。
「…アリス、お前…」
「や、やだ…私ったら!」
作り笑いを浮かべるも一度箍が外れて涙は容器に入りきらない水のようにとめどなく溢れ出る。「こんなはずじゃないのに」と心では残酷な運命に訴えながら。拭っても拭っても頬を濡らす。

「女ならハンカチの一つでも持っておけ…」
シグルドはコートのポケットから白いハンカチを差し出した。アリスはもう、涙とともに溢れた感情でいっぱいいっぱいでハンカチを受け取っては顔全部を押さえた。
「…何も出来ないわけはない。そうやって誰かの為に涙を流すことが出来る。それだけで十分だ。」
彼女の耳には入ってない。余裕すらないのは見ていてわかる。だからあえて言ったのはアリスに向けてだけで発したのではないからだ。ほんの短い時間を過ごした人からこれ程まで想われている、公爵夫人はどれだけ幸せ者だろうか。

「…………全く…」
時々肩を震わせと苦しそうに嗚咽しているアリスを見兼ねたシグルドは半ば強引だが、彼女の背中に手を回し身体を自らの方へ引き寄せた。低い身長とは言え標準的な14歳の少女からすれば高く感じるもので、アリスはぶっきらぼうな中に垣間見た彼の優しさに縋るように泣き続けた。


「……悲しい時には、泣くの?」

その傍らで、チェシャ猫は無表情で二人を見下ろしながら独り言を漏らした。






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