ありがとう
ゼブロさんたちの家で特訓が始まってからというものの、ゴンは宣言通り就寝時間には毎日やってきた。というものの、部屋にやってきては結局疲れ切って眠ってしまうのが大体の落ちなので、僕に与えられた部屋はもはや僕とゴンの共同部屋になりつつあった。初めの方こそクラピカさんやレオリオさんが寝落ちしたゴンを迎えに来ていたのだけれど、それも段々面倒くさくなってきたらしく、最近じゃめっきり姿を見せなくなった。そりゃあ彼らだって疲れているもの。
「んー…それでね…」
「…ゴン、眠いのでしたら自室に戻ってください。船漕いでますよ」
「だいじょーぶ、まだ眠くない…」
「…もう、しょうがないですね…」
寝台に寝そべりながら船を漕ぐゴンにばさり、と布団をかけ、電気を消すべく立ち上がった。…のだが、何かが腰に巻き付き、中腰だったためにバランスを崩した僕はズリズリと布団に引き込まれた。誰か、なんて言わなくてもわかる。目の前にいるゴンをじとり、と睨み付けた。
「………なんですか」
「んー、たまにはヘリオと一緒に寝たいなって」
「たまにはって…僕の記憶上ゴンと同じ布団で寝たのは過去に一度だけですけど」
「いいじゃん!もう、屁理屈しぃだなぁ」
「屁理屈…」
なんだろう、とても屈辱的なのだが気のせいだろうか…。
「…左腕、大丈夫なんですか」
「ん?なにが?」
「骨折してるじゃないですか。なのに体の下に敷いて…」
「あぁ、これね。うん、大丈夫だよ。てゆーかもうほとんど治ってるし」
「はッ!?治ってるって…い、いくら何でも早すぎやしませんか…?」
「そうかな?俺、怪我でも骨折でも、割とすぐに治る方なんだ」
だからと言って骨折が2週間足らずで完治してたまるか。と、声を大にして叫びたい。ゴンの細胞は一体どういう風になっているのか激しく疑問だ。
うんうんと考え込みだした僕に苦笑いしたゴンは、徐にギプスを外し、左腕を掲げた。
「ほら、治ってるでしょ?」
「…本当だ」
「ね?でも、このことはクラピカやレオリオには内緒」
「どうして?」
「びっくりさせようと思って!」
ふふ、といたずらっ子のように笑うゴン。なんだか微笑ましく感じて、知らず知らずのうちに僕も小さく笑っていたらしい。
「………ゴン」
「ん?」
「…僕、ずっとあなたに隠し事をしてました」
「…知ってるよ」
「なぜ、聞かなかったのですか」
「いつかヘリオが、自分から話してくれるって信じていたから」
「…それでも僕が言わなかったら?」
「ずっと待ってる。人が隠し事をするのには何かしら理由があると思うから。もしそれが大切なことで、無理に聞き出してその人に嫌な思いをさせてしまったら嫌だから。…それがヘリオならなおさら」
「そう、ですか…」
沈黙が下りる。僕とゴンの呼吸音しか聞こえないこの空間は不思議と居心地が良かった。壁に掛けられてある時計はもうすぐ深夜の1時を回る。今まではこの時間まで机に向かっていることが当たり前だった。文官たちと同じように目の下に隈をこさえて王宮内を駆け回るのが僕の日課。いつの間にかそんな日常は記憶の隅に追いやられていて、今じゃゴンたちと一緒にいるのが当たり前になってしまっていた。
「…電気、消してきますね」
今度は腰を引かれなかった。寝台から降り、壁のスイッチを押して電気を消してからさっきと同じ位置に戻る。別に違う寝台に行ってもよかったのんだけれど、そうすればゴンが目に見えて拗ねるのがありありと予想がつくものですから。
「…少し、昔話をしましょうか」
ぽつり、ぽつりと語るのは僕の一族、クルールの話し。クラピカさんにも話したこれをゴンにするときは、不思議と体が震えるようなことはなかった。それはゴンだからか、それとも、僕自身が無意識下でゴンに心を許しているからなのか。…きっと、両方なのだと思う。
「…そんなことがあったんだね」
「…別に隠し事というほど大きなものではありません。ただ言いたくなかったというか…。あなたに、僕が奴隷だったということを知ってほしくなかった。…汚い人間だと思われるのが怖かった」
そうだ、僕は怖かったんだ。何が怖かったのか。僕自身が奴隷であるがためにさせられてきた事実を知ることにより、汚いとか、みじめだとか、そういう風にみられることが怖くて怖くてたまらなかったんだ。今更そんなことを思うなんて、本当どうかしてる。
「ヘリオ、言ってくれてありがとう」
「、…」
「でも、ヘリオは間違ってるよ」
「…は、」
「まず1つ、ヘリオは俺に知られたくなかったみたいだけど、むしろ俺は知れてよかったって思ってる。だって大好きな友達だもん。いくら俺が待つって言ったって、やっぱり隠し事されると寂しいから。それともう1つ」
隣でゴンが身動ぎをする。僕は視線を動かさず、ずっと天井を見上げたままでいたけれど、不意に顔に手が添えられ、横を向かされる。
「ヘリオ、ちゃんと俺の顔見て。俺の目を見て」
「……」
「ヘリオは自分のこと、汚い人間だとか言ってたけど、俺も、クラピカもレオリオも、もちろんキルアだって、誰1人ヘリオのことをそんな風に思ったりしてない」
「…嘘」
「嘘じゃないよ。だって俺たちは仲間だし、友達じゃん。友達のことを汚いとか思うのって変だよ。…こんな聞き方はずるいと思うけど、ジャーファルさんはヘリオのことそんな風に思ったことあった?話で聞いただけだけど、シン様って人も、そう思ったことあった?」
考えてみた。シン様やジャーファルさんがそんなことを思っているのか。答えは否だ。なぜなら彼らが僕をそういった目で見たことは一度足りもないかだら。いつだってジャーファルさんは僕のそばにいてくれた。シン様はいつだって僕を守ってくれた。2人に限らず、八人将のみんなやアラジン、アリババくん、モルジアナだって。モルジアナに至っては境遇が同じだ。
いつだってみんなは僕の大好きな人たちで、みんながみんな太陽のような人たちなのだ。
僕は一体何を不安がっていたんだろう。ずっとゴンたちと一緒だったから、彼らの性格なんかはわかっていたはずなのに。
「…一歩を踏み出せなかったのは、僕の方だったんですね」
「…うん」
「結局のところ、ゴンたちを信じていなかったのは、僕だったんですね…」
「……」
「もっと早くに打ち明ければよかった…。怖いって、不安だって。ゴンが、ゴンたちがそう簡単に見放すわけないの、僕がよくわかっているはずなのに…」
「そうだよ」
「怖がってごめん、隠し事しててごめん、でも…ありがとう」
「うん!」
僕を見つけてくれたことに。僕の突飛な話を聞いてくれたことに。怖がって一歩を踏み出せなかった僕を受け入れてくれたことに。隠し事をしていた僕を許してくれたことに。もっといろいろあるけれど、それらを全部ひっくるめて、ありがとう。
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