鍛える
ゼブロさんに案内されたのは、試しの門からそう離れていない宿舎のような家だった。その扉を彼が片手で開けるのだが、いささか音が妙だった。単なる扉のはずなのに、耳に入る音はまるで石造を動かしたよう。何となしに扉の下を見ると、床が銀杏型を描くように摩擦でこすれたような跡があった。つまりはそういうことだ。
「(この扉も何十キロという重さがある…?)」
「ヘリオちゃん?どうかしましたか?」
「あ、いえ…お邪魔します」
「どうぞ」
いつの間にか玄関には僕だけしかおらず、ゴンたちは室内に入って考え込む僕を不思議そうに見ていた。少しくらい声をかけてくれたっていいのにとか思わなくもない。
室内を見回していると、2階に続く階段から煙草をふかしながら男性が下りてきた。ゼブロさん曰く彼はシークアントさんというらしく、ゼブロさんとともに掃除夫をしているとのこと。彼に軽く一礼すると、フンッと鼻で笑い飛ばされた。
ゼブロさんに促されるまま僕たちはテーブルにつき、湯呑に注がれるお茶を眺めた。…その際急須がすごい音を立てたことは知らんふりしておこう。
「キルア坊ちゃんに会いに行く?ははッ、そりゃ傑作だな」
「あいにくこちらは大真面目でな!」
「レオリオさん」
今にも掴みかかりそうな雰囲気を醸し出したレオリオさんの服の裾を思わず掴む。すると彼は「わりぃ」と小さく溢して僕の頭に手を置いた。
「…忠告しといてやる。諦めてとっとと帰りな」
「なんだと…?」
「ゼブロから試しの門のことは聞いてんだろ?だったらここがどういうところかわかったはずだ」
シークアントさんの言葉にう、と言葉に詰まる。確かにゼブロさんの言うように、僕たちとキルアくんとでは住む世界が違うのかもしれない。けれどそれは周りが勝手に築き上げた幻の壁でしかない。たとえ違ったとしても、本人同士が”友達”だと思いあうのであればそれは成立するのだ。
不意に今まで静かだったゴンが口を開いた。
「簡単にたどり着けないのはわかったよ。でも、俺はキルアに会うまでは帰らない」
「……」
「…俺、キルアが辛い時にそばにいてあげられなかった。…あの時、俺がそばにいたら絶対にキルアを止めたのに」
あの時、それはハンター試験での最終試験のことだろう。キルアくんがボドロさんを殺し、会場を出て行ってしまったあの出来事。ゴンは、なぜあのときあの場所にいなかったのかとずっと自分を責め続けていた。口に出さなくてもわかる。彼の目が、ふとした瞬間に渦巻く雰囲気が、そういっていた。ゴンだけのせいではないのだ。なぜなら僕たちだって、キルアくんを止めようと思えば止めれたのだ。それでも、彼が会場から去ることを止めなかったのは…。いや、よそう。これ以上僕が何を言ったって、所詮は言い訳に過ぎないのだから。
「…わかりました。では、しばらくここで特訓してみませんか?」
「特訓…ですか…?」
思わず間抜けに聞き返してしまったが、ゼブロさんは支極真剣に頷いた。
「おい、ゼブロ」
「いいですか、ゴンくん。あの門はたとえ4人でも開けばオーケーなんです」
「「「!!」」」
「短期間でも、鍛えれば不可能ではない」
どうです?
そう問いかけてくるゼブロさん。4人でも開けばオーケー。つまり、たとえ1人で試しの門を開けれなかったとしても、僕たち4人が力を合わせて門を開くことができたらそれはそれでいいのだ。必ず1人で開けなければいけないという決まりは、ない。
「…試されるのは不本意だけど」
「他に方法がないのなら…」
「やるしかねぇなぁ!」
「ですね」
それに、誰に何を言われようと僕たちの意思は変わりないのだ。
「そうと決まれば、君たちに着てもらうものがあります」
「「へ?」」
「ちょっと待っててくださいね」
そう言ってゼブロさんは部屋の奥に行った。かと思ったら、そう時間を置かずに両手いっぱいに何かを抱えて戻ってきた。それらをどさどさ、いや…どかどか?とにもかくにもおおよそ布と思えないような音を立てながら床に置いていった。これは一体…
「…なんだ、これ」
「くっそ重…ッ!」
「それで50キロあります。寝るとき以外はいつも着ていてください」
「え゛ッ!!」
「慣れたら徐々に重くします」
「はぁー!!?!?」
1つ50キロ…。僕より重い…。ということは、ゼブロさんはさっき4つ持ってきたから、単純計算、合計200キロのものを軽々と運んでいたことになる。大体僕が4、5人ほど。ゼブロさん、実はファナリスの末裔だったっていうことはありません…よね…?
「これ、を…着るんです、か…?」
「ヘリオ、お前はあまり無理するな」
「いえ、皆さんが着て僕だけ着ないというのは…いささか納得いき、ませ…ん…ッ」
何とか着ようと持ち上げてはみるものの、持ち上げはできても着ることはできない。余談だが僕の金票は片方ずつ2キロの計4キロある。ゴンたちはとっくに装着済みである。苦戦している僕を見かねたらしいゼブロさんが重りを僕から取り上げる。
「しょうがないですねぇ。ヘリオちゃん、ばんざいしてください」
「……はい」
ゼブロさんに言われ、素直に両手を上げる。そのあとすぐに全身にくる重さに一瞬ふらつくものの、何とか踏ん張った。お、重い…
「ちなみに湯呑や食器類は20キロ。ポットも40キロあります。もちろんその他家具は20キロ以上ですよ」
「なるほど、これが特訓というわけか」
湯呑に悪戦苦闘しているレオリオさんの額に青筋が浮かび、それを宥めつつこれからどうしようかと考える。今回はこの重り、ゼブロさんに手伝って着れたものの、毎回手伝ってもらうわけにはいかない。せめて1人で着られるようにならなければ、迷惑をかけてしまう。足手まといになってしまう。そうなってしまえば、彼らにそう思われてしまったら、僕はどうすればいいんだろう。
「ヘリオ!」
「ッ!」
唐突に聞こえた声に顔を上げれば、至近距離でゴンがぷっくりと頬を膨らませて僕の顔をのぞき込んでいた。思わず後ずさるものの、袖をつかまれているからか大した距離はできなかった。
「…どうか、しましたか」
「どうかしましたじゃないよ。ヘリオってば、クラピカがずっと呼んでたのに全然反応しないんだもん」
「そう、でしたか…」
「うん」
ちらっとクラピカさんを見ると、彼は苦笑しながら「ずっと呼んでたんだぞ」と言った。…僕は知らず知らずのうちに深く考え込んでいたみたいですね。
「ゼブロさんが部屋に案内してくれるから、早く行こう」
「はい」
ゴンに手を引かれるまま、階段から「早くしろー」とせかすレオリオさんのもとに向かう。部屋に移動する間に、ゼブロさんから簡単に家の中の説明や一日の大体の流れを聞いた。私たちの起床は朝の6時。そして朝食をすませた後にゼブロさんやシークアントさんから与えられる仕事を各々こなしていく、というものだ。
「ところで部屋なんですが、あいにく3人部屋しか空いてませんでして…。ヘリオちゃん、君は女の子だから1人部屋になるんですけど、いいですか?」
「構いません」
「俺、遊びに行くからね!」
「学生の修学旅行じゃねぇんだからよ…」
「えー?だって1人じゃ寂しいでしょ?いいよねヘリオ!」
「…お好きなように」
「やった!」
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