×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

生傷




ゴンとハンゾーさんの試合が終わった次の試合は僕だ。僕と404番の彼、クラピカさん。試験官に名前を呼ばれ、お互い広間の真ん中に立つ。


「……ヘリオ、」

「バカな真似はよしてください。開始早々まいっただなんて言おうものなら張り倒しますよ」


一対一の勝負をするなら真剣に。
クラピカさんは一瞬目を見開いたあと、ふっと笑った。


「…よろしいですか?」

「構いません」

「どうぞ」


これは試験なのだ。戦いたい戦いたくないうんぬんで切り抜けられるような甘いものなら僕はとっくの昔に脱落しているし、この場には立っていない。僕は縹を、クラピカさんは柄の先端が繋がった双剣を構えた。
クラピカさん、僕は負けるつもりはありません。なので…


「どうか僕を殺すつもりでかかってきてください」

「言われなくともそうするさ」


「…では、第4試合、始めてください」


開始の合図と同時にクラピカさんが僕の懐に潜り込んできた。縹は接近戦に不利。それをどう操るかによって勝敗は変わってくる。…だが、僕の縹術はジャーファルさん仕込みだ。そして唯一の救いは、クラピカさんの武器に刃がないことだ。
突き上げてきた剣を逆手に持った縹で受け止め、弾き飛ばしたところで両手のそれを放つ。


「シャム=ラシュ式縹操術」


放った縹は蛇のように蠢きながら彼の双剣の片方に絡みつく。紐を引けば前につんのめって来たクラピカさんの首に縹の切っ先を向ける。それをクラピカさんはもう片方の剣で払いのけ、紐が絡まっている方の剣を手前に引いた。その流れを利用して紐を解きつつ、彼の肩に手をついて一回転。振り向きざまの剣の切っ先が僕の脇腹を掠めた。ビリッと服が破けた瞬間クラピカさんはたじろいだけれど、すぐに表情を引き締めて双剣を振りかぶった。
片方を離し、遠心力によって向かってきたリーチの長くなった剣が僕の額に直撃した。

スコーン。だなんて。


「つぅ〜……ッ」


言葉通り、星が散った。


「ヘリオ…!す、すまん!大丈夫か!?」

「て、敵に情けは無用です!!」


と言ったものの、どうも締りがない。そこかしこで押し殺した笑い声や心配の声(主にレオリオさんとメンチさん)があがる。

…は、恥ずかしい。

生理的に浮かんだ涙を袖で拭い縹を放つ。クラピカさんはクラピカさんで戸惑いを隠せない表情をしたまま攻撃を避けていた。こうなったら…

床、天井、壁、この空間すべてに縹を放ち、突き刺す。瞬く間に会場中に張り巡らされた無数の赤い紐のうち、1本を弾く。瞬間あちこちから縹がクラピカさんに向かって降り注ぐ。それを双剣で弾く彼にもう1本。


「うわッ」


後退しつつ縹を弾いていたら、必然的に足元はお留守になる。案の定紐に足を取られたクラピカさんは後ろに倒れた。思わず伸ばされた手がうまいこと罠発動の紐に当たり、大きく撓んだ瞬間彼の体を雁字搦めにした。足首、腕、肩、顔の真横の床に縹を突き刺し、そして最後にクラピカさんの首筋にあてがって牽制。


「…………」

「ぷ…はは、まいった、まいったよ。こんな状態じゃもうどうしようもない」

「わ、笑わないでくれますか」

「そんなにむくれられたら、笑うしかないだろう」


試験官のジャッジを聞きながらクラピカさんに絡まった紐を解き、袖に仕舞いながら壁際に戻る。額がズキズキする…痛い…
とまぁ、こんなわけで僕が勝ったわけですが。どうにも恰好がつかない。元いた場所に戻ってからというものの、クラピカさんは僕の額をなでるのをやめないし。


「本当にすまなかった。痛かったろ?」

「…別に、痛くありませんし」

「嘘つけ」

「いった…!」


べちん、と僕の額を叩いたのはレオリオさんだった。僕の前髪を掻き揚げ、ぺしりとひんやりとしたなにかを張り付けられた。


「冷たい…」

「冷えピタだ。しばらくそれで冷やしとけ」

「……ありがとうございます」


冷やすのならハーゲンティの氷で十分なのに…。けれど未だによしよしと額をなでてくるクラピカさんを睨みつつ(なぜか本人は笑っていた)そっぽを向いた。
この試合で僕がクラピカさんに勝ってしまったから、彼の次の相手はヒソカさんだ。…そうだ、ヒソカさんだった…


「…すみません」

「何がだ?」

「いえ…」


思わず謝ってしまった…





*****



最終試験は順調に行われた。僕とクラピカさんの後にハンゾーさんとポックルさん。その次にボドロさんとヒソカさん。キルアくんとポックルさん。けれどキルアくんはなぜか試合放棄。次にレオリオさんとボドロさんが戦うはずだったのだけど、ボドロさんはヒソカさんとの試合で受けたダメージが大きかったのか、レオリオさんが試合の延期を申し出た。始めの方はボドロさんが責めていたけれど、途中からヒソカさんの一方的な攻撃に変わっていた。さすがにあれでは立て続けに試合はできないと思う。
なので、先にキルアくんと全身針まみれのギタラクルさんの試合をするそうだ。あの人ずっとカタカタ言ってるから、少し苦手なんですよね。そもそもあんなに針ぶっ刺してて痛くないのでしょうか…

はッ…ま、まさかあれ俗に言う”ドM”というやつなのでしょうか…!?…他人の性癖を見破ってしまった時って、妙に気まずくなりませんか。


「始めッ!!」


試験官が合図をする。やっぱり余裕そうなキルアくんは、ゆっくりとギタラクルさんに歩み寄って行った。


「…久しぶりだね、キル」


おおよそその顔から発せられたと思わないであろう、見た目にそぐわぬきれいな声が聞こえた。ギタラクルさんはカタカタと鳴らしながら顔中に突き刺さった針を抜いて行く。痛そう。てゆーか、キルアくんは彼と知り合いだったのか。

顔の針を抜き去ったギタラクルさんは、それはそれはもうえげつない音を響かせながら顔の形を変えてゆく。まさにリアル顔面整形。あまりの光景に僕は思わず自分の顔を両手で押さえた。ら、それに気付いたクラピカさんが僕の目を手で目隠しした。一瞬見えたギタラクルさんの顔はさっきとほど遠いほど整った顔をしていた気がする。今は見えませんけど。


「兄貴…ッ」

「やぁ」

「キルアの兄貴…?」

「針で顔を変えていたのか…!」


ただ今皆さんの声だけで何にも見えません。てゆーかキルアくん、お兄さんがいたのですか。


「母さんとミルキを刺したんだって?」

「…まぁ、ね…」

「母さん泣いてたよ?」


そりゃそうでしょうね。実の息子に刺されて嬉しい人間は、よっぽどの性癖じゃない限りいないと思う。


「そりゃそうだろうな…息子にそんな目にあわされちゃ…」

「感激して」


隣でレオリオさんがずっこける気配がした。変な性癖の人いましたよ、ジャーファルさん。僕はこの場合どうしたらいいですか?未知の世界過ぎてちょっと…

僕がドン引きしている間にも話は進んでいく。ギタラクルさん、改めイルミさんは、仕事でハンターライセンスが必要だから試験を受けに来たらしく、偶然鉢合わせたのこと。ちなみにそれが本当かどうかは定かではない。

お前は熱を持たない闇人形、何も欲しがらず、何も望まず、人の死に触れた瞬間だけが唯一喜びを感じられるのだと。それはまるで呪文のようで、キルアくんを縛り付ける術式のようだと思った。彼が今どういう顔をしているかはわからない(なぜならクラピカさんに未だ目隠しをされているから)。けれど、短期間ではあるけれど僕はキルアくんを冷たい人形だなんて思ったことはない。
だって彼はとても表情が豊かですから。


「…た、確かに、ハンターになりたいと思っているわけじゃない。だけど…オレにだって、欲しいものくらいはある」

「ないね」

「あるッ!!今望んでいることくらいあるッ!!」

「ふーん、行ってごらん?何が望みか」

「そ、それは…」


そこでキルアくんは口を噤んだ。


「どうした?本当は望みなんてないんだろ?」

「違うッ!!」


もし彼が闇人形ならば、こんなにも悲痛な声をだすのだろうか。声だけでもわかるくらいにキルアくんはお兄さんのイルミさんを恐れている。絶対的な恐怖。逆らいたくても逆らえない。イルミさんから発せられる圧力はそれほどまでに大きかった。


「…ご、ゴンと…友達になりたい…。もう人殺しなんてうんざりだ。ゴンと友達になって…あいつとももっと話をして、普通に遊びたい…」


キルアくんがこっちを見た気がした。気のせいかもしれない、何となくそう思っただけなのだから。


「無理だね」

「、」

「お前に友達なんてできっこないよ。何度も言うけどお前は闇人形だ。分かり合うことはできない。そいつもきっとそれを望んでいない。お前は殺せるか殺せないかでしか判断できない。そう教え込まれたからね。今のお前にはゴンは眩しすぎているんだ。彼の傍にいれば、いつかお前は彼を殺したくなる」

「なぜなら、お前は根っからの人殺しだから」


未だ僕の目を塞ぐクラピカさんの手を下げた。やっぱり僕は見ているだけなんていやだ。僕の単なるエゴでしかないけれど、それでも彼をほっとけない。


「何度も言いますが…!」

「わかってるよ!!キルアー!!お前の兄貴だか何だか知らないが言わせてもらうぜ!!そいつは馬鹿野郎でクソ野郎だ!!聞く耳持つな!!いつもの調子でさっさとぶっ飛ばして合格しちまえ!!ゴンと友達になりたいだと!?寝惚けんなぁ!!とっくにお前ら、ダチ同士だろうがよッ!!!」

「…知っていますかキルアくん。分かり合うというのは、お互いが心を開くことと大差ないのですよ」


これはジャーファルさんの受け売りでもあるけれど。僕がまだシンドリアに来たばかりの頃、ジャーファルさんが教えてくれたんだ。人と分かり合いたいのなら、その人の心を知りなさい。だから…


「僕もあなたともっと話をしたいと思うのは、いけないことでしょうか」

「…ッ、いけなく、ない…!」

「そうですか」


安心しました。
それは僕の心からの言葉である。


「え、そーなの?」

「少なくともゴンはそう思ってる。ヘリオだってきっとそうだ!!」

「本人目の前にして言いますか?てゆーか、僕の答えは今出したつもりだったのですが」

「うっせぇー!!」

「…そうか、まいったな」


さしてそう思ってなさそうな声色だ。イルミさん自身の感情というか、表情が乏しいからか何を言っても無機質に聞こえる。…それが逆に恐ろしく感じるのだけれど。


「よし、ゴンを殺そう」


まるでちょっとそこまで行ってくる、みたいなノリで言い切ったイルミさんに会場全体に緊張が走った。


「殺し屋に友達はいらない。邪魔なだけだ。彼はどこにいるの?」

「ッ!まッ…」


キルアくんに背を向けて扉に向かって歩き出すイルミさん。そんな彼の前にクラピカさんとレオリオさん、そしてハンゾーさんが立ち塞がった。そんな彼らの前に紐を張り巡らせてから、僕も傍らに立つ。


「…ここから先は通行止めですよ」

「結局来たのか」

「…まぁ」

「まいったなぁ…仕事の関係上資格が必要なんだけどなぁ。ここで彼らを殺しちゃえば、オレが落ちて自動的にキルが合格しちゃうねぇ。あぁいけない。それはゴンを殺っても一緒かぁ…。んー…」


そうだ!まずは合格してからゴンを殺そう!
名案だと言いたげに手を打った彼はネテロさんを見る。ルール上は問題ないと断言したネテロさんに、イルミさんがにやりと笑った気がした。あまり表情は動いてないが。
確かに、合格してからならだれを殺そうが合格の判子は取り消せない。それはゴンとハンゾーさんとの視界で明確になっている。
どうするか…。きっとイルミさんはハッタリであんなことを言ったんじゃない。きっと本当にゴンを殺しにかかって来るだろう。
じりじりとキルアくんに近付くイルミさんは、ゆっくりと彼に手を伸ばした。イルミさんが言うことはとても理不尽だ。結局はキルアくんに選択肢はないのだから。


「やっちまえキルア!!」

「ゴンとあなたは殺させやしません。あなたのやりたいようにしてください!」


それでも彼はただ肩を揺らしているだけだ。きっと僕らの声は届いていない。諦めないで、どうかその絡みつく見えない鎖を断ち切ってほしい。
そんな僕らの思いとは裏腹に響いた正反対の言葉。


「…ま、まいった…オレの、負けだ…」


絶望した僕らは、ただ茫然とその光景を見ていた。試合を終えたキルアくんは、フラフラと覚束ない足取りで壁際に戻って来た。クラピカさんやレオリオさんが何と声を掛けても反応を示さない。光の宿らない目はまるで本当の人形みたいだった。


「…ねぇ、キルアくん」

「………」

「……どうか、諦めないでください」


今の僕になんて言えるのはこれくらいしかないのだ。せめて、彼は一人じゃないのだと知ってもらいたくて僕はずっと彼の傍にいた。そして回復したボドロさんとレオリオさんの試合が始まる。


「…頑張ってくださいね」

「あぁ…」


レオリオさんは浮かない顔をしていたけれど、これは試合なんだと言いたげにべちんッと自分の頬を叩き、前を見据える。両者が構えを取ったその瞬間、僕のすぐそばを一瞬の風が横切った。


「え…?」


飛び散る血液はボドロさんのもので、そんな彼の血だまりの中でキルアくんは暗い瞳をして立っていた。





*****



「…これからどうしましょうか」


ホテルの中庭で一人、渡されたハンターライセンスなるものがはさまれているファイルを目線に掲げる。こうやって無事に合格できたものの、素直に喜べないと言うのが僕の現状だ。
先ほどの講習会でキルアくんのことについて議論していたが、結局は何も変わらなかった。そりゃそうだ。一度不合格になった人間は誰が何を言おうと合格に変わることはない。…ぜひとも一緒に合格したかったのですがね。

…ライセンスは手に入った。これで立ち入り禁止区域にも入れるし、公共施設の大半はただで使用できる。心置きなく帰れる手段を探すことができるわけだ。


「……釈然としないんですよね。ハーゲンティ、あなたならどうしますか?」


金属器に語りかけても八芒星が点滅するだけで返事が返ってくるわけではない。…何をやっているのだか、僕は。


「はぁ…」

「よッ!何やってんだよこんなところで」

「うわッ」


突然背後から頭を鷲掴みにされたかと思うと、そのまま勢いよくぐりんぐりんと回された。ちょ…!目が回る…!!


「な、何ですかいきなりッ!!って…ハンゾーさん…」

「あからさまに嫌そうな顔すんなよな!!ったく…」

「…別に嫌ってわけじゃありませんけど…」

「けど…なんだよ。おい、目を逸らすな」


またもや頭を掴んできたハンゾーさんを僕は許さない。これ以上身長が伸びなかったらどうしてくれるつもりなのだろうか。ぐぬぬ…と彼の腕を防いでいるとはた、と思いついた。探し物にはまず聞き込みが大切だとシャルルカンさんが言っていた気がする。ダメ元で聞いてみようか。


「あの、ハンゾーさん、お聞きしたいことがあるのですが、いいですか?」

「俺の応えられる範囲でならな」

「…この八芒星に見覚えはありませんか?」


ハンゾーさんに見えるように金属器を差し出す。しばらく思い出すように唸っていたけれど、困ったように眉を寄せて首を横に振った。


「…悪い、見たことないわ」

「そうですか…」


一瞬沈みそうになったけれど、まだ一人目だもの。そう簡単に見つかるはずはない。聞き込みは根気強く、ですから。


「ありがとうございました。ハンゾーさんは故郷へ?」

「あぁ。お、そうだ。せっかくだしお前にもやるよ!」

「…これ、は…」


名刺、というものだろうか。でかでかと”雲隠流上忍 半蔵”と書いてある。てゆーかこの人一応隠密部隊に所属しているんですよね。そんな人がこうも存在を主張してもいいのでしょうか。一瞬頭を抱えそうになったけれど、まぁ本人がいいと思ってやっているのだからそっとしとこうと思った。僕は触れない。


「俺のホームコードだ。もし似たようなものが見つかったら連絡してやるよ」

「…僕、けーたいとか言うものを持っていないのですが」

「はぁ!?おま、ケータイ持ってないとか遅れすぎだろッ!!つーかハンターにケータイは必須だぞ!!」

「はぁ…なら、いつか僕がそれを購入した時に連絡させていただきます」

「お、おう…」


けーたい、という存在はゴンやレオリオさんから聞いてはいたのだが、やっぱり必要なのか…。でもハンゾーさんもなんだかんだ探してくれるみたいですし、持っていて損はないでしょう。もっとも僕がけーたいをいつ買うのかはわかりませんが。


「まぁ、探し物が見つからなくて気を落とすなよ。宝探しは苦労してなんぼだぜ」

「…肝に銘じておきます」

「可愛くねぇなぁ。んじゃ、俺行くわ」

「はい。いろいろありがとうございました」


ひらひらと後ろ手に手を振るハンゾーさ何を見送る。なんだかんだ言いつつ彼はとても優しい人だ。きっと彼はあまり忍に向いていないと思う。手を組んで、すでに遠くにいるハンゾーさんに向けて頭を下げた。





-----


中途半端ですが一度ここでハンター試験編を区切ります。





 
(20|23)