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犠牲は平和を勝ち取る手段
「シュエ、自分が何言ってんのかわかってんのか」
地を這うような低い声でしゃべるお父さんに心臓が縮み上がりそうになりつつも、あくまでも平然を装って頭の後ろで腕を組んだ。
「わかってるよ。だからこそ私に運命…は、ちょっと大きすぎかな。じゃあ…私の自己満足のために戦わせてよ」
「…おめぇ、また変なこと考えてるんじゃねーだろうな」
「やっだなぁ、なんも考えなんてないよ。無計画無計画。…私にもさ、紙切れほどの意地ってあるんだよね。そのためにもお願いだよ、お父さん…」
「、…シュエ、オラは…」
「ダメ!」
ぐいっと下に腕を引かれ、リングの上に立っていた私は必然的にしゃがみこむ形となる。逃がさまいと強くつかまれた肩は今にも脱臼しそうなくらい軋んだ。その本人、悟飯は今にも発狂しそうなくらい顔を歪めていて、始めて見るその表情に恐怖で体が震えた気がした。
「ダメ…行かせない。こうやって見送った後、絶対に帰ってこないんだ。だって、お姉ちゃんはいつだって嘘つきだから」
「言ってくれるねぇ…。ならもう一度約束しようよ。チープでちっぽけかもしれないけど、ないよりかマシでしょ。ほら手かして」
「い、やだ…」
「悟飯…」
両手を背中に隠した悟飯にどうしたものやらと頭を抱える。…この子の気持ちは痛いほどわかる。もしこれが逆の立場だったとしても、私はきっと悟飯と同じことをするし、言うだろう。だからこそ、私で全てを終わらせなければいけないんだ。お願い悟飯。わかって、とは言わないけど、ほんの少しでいいからこの自分勝手なおねぇを信じて。
「シュエ、悟飯の気持ちわかるだろ?任せろとは言わないけど、みんなお前が心配なんだ。シュエが思っている以上にな。だから…」
「くどいぞ、貴様ら」
ピシャリ、とベジータさんがクリリンさんの言葉を撥ね退けた。
「何…!?」
「そいつが決めたことに一々口出しすんじゃねぇ。それともなんだ、貴様らがこいつを信じている度合はその程度なのか?」
「ベジータ、お前…!!」
「カカロット、悟飯、お前らもだ。大切なら閉じ込めておくんじゃなくて、好きなようにやらせてやればいいだろう」
ギッと悟飯はベジータさんを睨み付けた。あぁ、ベジータさんには嫌な役回りをさせちゃったなぁ。きっとこうなることを予想してベジータさんに止めてくれるようお願いしたんだけど、申し訳ないよ。本当に、この人には助けてもらってばかりだ。昔からずっと。
悟飯の頬に両手を添えて無理矢理こっちを向かせると、眉間にたくさんに皺を刻んで顔を顰めた。そんな顔しなさんなよぅ。せっかくのかわいい顔が台無しだぞ?
「悟飯、私は悟飯が大好きだよ。だからさ、絶対に帰って来るから、私の帰る場所になってくれる?」
「……なんでそんなこと言うんだよ、ばか…」
うーん、なんか今生の別れみたいなことになってるけど、大丈夫だよ。
徐に右腕のアームウォーマーを取り、悟飯に押し付ける。そんでもって悟飯の右腕のリストバンドを引ったくると自分の右腕に着けた。ほら、これで大丈夫。悟飯がそれを持っていてくれる限り、私は帰って来るんだから。そんな意味を込めて精一杯の笑顔を作ると、悟飯の手を振り払ってリングの真ん中に走った。
「あ、お姉ちゃんッ!!」
自分でも無茶苦茶なこと言ってるのはわかってる。私は自分勝手だから、自分が思うようにやりたい。だって大切なみんなを傷つけたくないから。それがたとえ偽善だとしても、私にとってはこれ以上にないくらいの正義なのだ。
「…話は終わったか?」
「うん。待たせてごめん。始めようか。ルールは簡単に言うとデスマッチだよね」
「そうだ。場外でも死んでも、降参と言っても負け」
構えを取るセルにつられて私も構える。妙な空気が走るのはきっとこのリング上でだけ。しばらく構えたままじっとしている時間が続くが、先に動いたのはセルだった。
一瞬で間合いを詰めてきたセルは左腕を振り上げた。それをギリギリで躱し、地面に手をついてセルの顎目がけて蹴り上げる。けれど、いとも簡単に私の足を掴みあげたセルはブンッと空中に私を投げた。体制を立て直し、迫ってくるセルに右ストレート。ダイレクトにぶち当たったそれにセルはリングに落ちる。すぐさまそれを追いかけ、踵落とし。すぐに立ち上がったセル。
縦横無尽にリング上を駆けまわりながら私たちは攻撃の応酬を繰り返した。攻撃し、攻撃され、躱して、躱され。
「ッ…」
「どうした、お前の力はそんなもんか?」
「へ、言ってくれるよ…ねッ!!」
お互い息は切らしていない。けれど時間が経てば経つほど差というものが自然と出てくるわけで。空を飛んだりリングを走ったり。きっとはたから見れば私たちはすごいスピードで移動しているんだろうなぁ、なんてどこか他人事のように思った。
「うーん…中々本気を出してはくれないんだね」
「そういう貴様こそ、その薄ら寒い笑みを剥がせばどうだ?」
「あっは。ならちょこっとだけ毛皮脱ごうかな」
セルを殴り飛ばし、一度大きく距離を取る。両手を腰の位置に落とし、気を練った。
「か…め…は…め…波ぁああーッ!!!」
「ッ!」
少しは油断していたらしいセルは、かめはめ波をスレスレで避ける。まぁ、その移動先はすでに予測済みなんだけどね。右腕に溜めた気。それを大きく振りかぶって放つ。
「散画龍ッ!!」
龍を象った青い気は咆哮を上げながらセルに直撃した。よっし、やったね!
「がッ!!」
そう思ったのも束の間、直後背中にとんでもない衝撃が与えられ、私の体は意図も簡単にリングの際まで吹っ飛んだ。
「ぐ、…ごほッ、ごほッ」
「まさかそんな技を隠していたなんてな。少しばかり効いたぞ?」
「ふん、平然とした顔でよく言うよ」
でもセルが効いたと言うのはいささか嘘ではないのかもしれない。なぜなら右肩に紫色の血が滲んでいるから。散画龍で掠り傷1つ。なら、それの改良版なら…
立ち上がり、走りながら両手に気円斬を作る。そしてそれを同時に放った。
「そんな子供騙しが私に通用するとでも思ったか!」
そう、それは所詮子供騙し。お前の気を少しでも逸らせればそれでいいのだ。今度はさっきよりもたくさんの気を練って、纏った青い気から2頭の龍を作り出す。それらを操りながらセルに向かわせた。
「散画龍・双ッ!!」
まるで生きているように蠢く双頭の龍は、空へ飛んだセルをどこまでも追いかける。うまいこと挟み撃ちにしたところで上空に大きな爆発音が響くが、すかさず次の気を練った。もっともっと。もっとたくさんの気が必要だ。地面についている足や空気に触れている体から生きとし生けるもの全ての気をわけてもらう。所謂元気玉の要領を兼ね揃えたこの技は私の最初で最後の全力を込めたものだ。
纏う青い気、私の背中から現れた8頭の龍は大きく咆哮し、地面を揺るがした。
「散画龍・八岐大蛇ッ!!」
煙がはれた瞬間に見えたセルに向かって突進していく8頭を操り、そして直撃した。お父さんの元気玉には劣るが、それと同等の力がある散画龍・八岐大蛇は触れただけで身を焦がす。あれが直撃したセルはひとたまりもないはずだ。
そう思って一瞬でも気を抜いたのがいけなかったんだろう。
「……え」
突然私の右腕が吹き飛んだのだった。
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