今日もまた心の中で泣きながら笑っている
神殿の裏。そこから私は足を投げ出して月に照らされる外界を見下ろしていた。いつもは賑やかな神殿も、深夜だからかどこかさびれた雰囲気を醸し出している。
「明日、か…」
そう、明日はいよいよセルゲームなのだ。地球の運命がかかった決戦。何より、大切な人をなくすかもしれないと言う恐怖に苛まれる。そんなことにならないためにも、私はセルに勝たなければいけない。お父さんやクリリンさん、トランクスさん、ベジータさん、そして悟飯。彼らを戦わせないためにも、私が1人で終わらせないと。…いや、絶対に終わらせてみせる。
「こんなところにいた」
不意に肩に毛布がかけられ、それと同時に背中に重みがのしかかった。ちらりと見える金髪が誰かだなんてわかりきってる。
「よい子は寝てる時間だぞー。何やってるの?」
「お姉ちゃんこそ。こんな時間にこんなところで何してたの?」
「何もしてないよ。ただ、月を眺めていただけ」
適当なことを言って空を仰ぐ。月はチェシャ猫の口みたいに細い三日月で、バカにされているような気がしてなんだか腹が立つ。悟飯がムッとしたような気がした。
「嘘。本当は何か余計なこと考えてたくせに」
「ほんとだって。信用ないなぁ」
「じゃあ僕の目を見て同じことが言える?」
ひょっこりと顔を覗きこんできた青い目にたじろぐと、悟飯はほらね、と言わんばかりに笑った。うむ…最近意地が悪いぞ悟飯や。
「…お姉ちゃんってね、なにか不安事や心配事があると、こうして深夜にこっそり家を抜け出して、空を眺めているんだよ」
「え、そうなの?」
「お父さんもお母さんもみんな知ってるよ。クリリンさんは癖になってるなって笑ってたけど」
うわマジか。なにそれ恥ずかしいんだけど。こうさ、秘密を暴かれた感が否めない。うわぁあ…!と人知れず悶絶する私をよそに、背中から体を離した悟飯はちょこん、と隣に座り、私の手を握りしめた。
「お姉ちゃんが何を不安がっているのかは僕にはわからない。けど共有することはできるよ。前にも言ったよね。僕はお姉ちゃんと同じものを背負いたいんだって」
「悟飯…」
「だからさ、明日は頑張ろうね。絶対、みんなをセルに殺させやしないんだから」
「…うん、そうだね。あーあ、私ってば何を卑屈になってたんだか。弟にこうも諭されちゃ示しがつかんよ」
「……まだ弟扱いなの?」
「まだ弟扱いですよ」
「納得いかない」
「おま…いいじゃんゆっくりで!そんな急がなくとも逃げやしないって!」
「むー…」
口を突き出している悟飯はどうやら拗ねた模様。そう言うところが私に弟扱いさせる原因だって気付いているのかしらねぇ。かわいいだけだぞ。
ふと面白いことを思いついた私は未だつーん、とそっぽを向くかわいい弟の肩をちょんちょんとつついた。
「悟飯、悟飯。ちょっと耳かしてみ?」
「…しょうがないなぁ」
なんて言いながら嬉しそうなのはお見通しだぞ。かわいいやつめ。こっちに体を傾けた悟飯に耳打ち…するふりをしてぷにぷにのほっぺに軽く口付ける。途端に顔面を真っ赤にさせてフリーズする悟飯が面白くて、思わず声を上げて笑った。
「ななな…ッ!にゃにおぅ…!」
「ぶはッ!に、にゃにおぅって何さ!あっはっはっは!!か、噛むならもっとマシなところで…ブフォッ!!」
「……お姉ちゃん…」
「そんな顔しても怖くないですぅー」
ぶすくれる悟飯をぎゅーっと抱きしめる。あぁ、好きだなぁ。ずっとこのまま、時間が止まってしまえばいいのに。なんて。そんなこと天地がひっくり返っても起こることはない。あともう何時間かすれば太陽は登るだろう。それまではこのまま、愛おしい存在を抱きしめたままでいさせてほしい。
「…すき」
「僕も大好き。……ねえお姉ちゃん、泣かないで」
「泣いてないよ。…泣いてなんかないよ」
「……うん」
背中に回された悟飯の腕に痛いくらい強く抱きしめられた。
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