------------すべてをくれと、ねがうとき
「私には何もありません」
まっすぐな瞳で、少女は目の前に立つ悪魔を見つめた。
頭ひとつ以上違うその悪魔はすぐそばで自分と向かい合うその少女を見返して、目を細めた。この細い腕に、華奢な身体のどこに魔物と戦う力が秘められているのだろうかと。
「そんなの知ってるさ、酒場のマスターから噂で聞いてるぜ」
「なら、なんでこんな事を言うんですか」
クエストだと呼び出され、モンスターを退治し、酒場に戻ろうとした彼女を引き止めたのは他でもないスイフトだった。
いつの間にか誰もいなくなった店内で彼は首を傾げる彼女に、こう言ったのだ。
『俺のものになれ』
「お前が好きだからに、決まってるだろう?」
信用出来ないか?と問うスイフトに、彼女は素直に頷いた。
「…ホストに言われてすぐに本気にとるほど、私はばかじゃありません」「ま、確かにな」
スイフトは苦笑する。
そうだ、彼女のこんな面に自分は惹かれ、恋い焦がれるようになった。
只の美人な人間という認識はいつの間にか消え去っていて、自分でも戸惑う程に、スイフトは彼女を愛していた。
「けど、だからこそわかってるんだろう。俺が冗談で言ってないと」
「………!」
元々、スイフトは種族を気にするような性格では無い。心から望んだ人物がたまたま人間の少女だっただけで、寿命が違うのもわかっている。それに寿命が違うのならば彼女が死ぬ頃に自分も果てればいいだけの話だ。
「お前が望むならホストだって辞めてやる、強さを望むなら…俺はまたテンペル・コメットに戻り剣を取ろう」
「スイフト、さん」
驚き目を見開いて自分を見上げる少女に、スイフトは目を細める。優しい彼女は今胸を痛めているんだろう。
スイフトが姉の件で強さや戦いを嫌うことをスイフト自身から語られて知っているのだから。
しかし、彼女は知らない。
そんな理由を話したのが彼女だけだと言うことを。
「そんなこと言うのはやめてください!…誰より戦いを嫌ってるスイフトさんにそんなこと望む訳が…無いじゃないですか」
「でもお前がそれで俺を選んでくれるなら、何だってするさ」
「私は、記憶も素性も知れないんですよ…」
「だから、わかってる」
「旅してるから、傷だらけだし」
「関係無い」
「…なんにも、ないんです…っ。」
「そんなことないだろ」
「だって、私は…っ!」
ぽろぽろと彼女の目から涙がこぼれ落ちる。背の高いスイフトは片膝をついて彼女と目線を合わせるとそのまま壊れ物を扱うように彼女を引き寄せた。
しゃくりあげて震える背中を、ゆっくりと撫でてやる。
「お前は今まで色々な場所でクエストをしてきたろう、それでたくさんの人間に感謝されてきた。いずれ街を出なきゃならない身でも、助けられた奴らの心にそれはずっと残る。大丈夫だ」
「スイフトさ…っ」
関を切ったように彼女は泣きじゃくり始めた。その様にスイフトは苦笑して背を撫で続ける。
出会った時からずっと思っていた。彼女はいつも笑顔でクエストをこなしたりする強い心の持ち主だけれど、本当は危ういんじゃないかと。
まるで、自分が守れなかったあのひと………姉のように。
「お前は一人じゃない。何も、もってなくなんか無いさ」
「っ…でも、私…自分で旅するって決めたのに、こんなことを…」
ずっと彼女は孤独と戦っていたのだろう。
たった独りで街を巡り国を渡り、クエストをこなして仲の良くなった街の人間と別れながら、自分の記憶探しという朧気な目的を支えに。
「お前が居場所や理由が欲しいなら、俺がなってやる。お前の望みはなんでも叶えるよう努力する。…だから、俺は割り切るな」
「あ…、」
「いずれ離れる存在だと、思わないでくれ」
彼女はまた何も言わずに涙を流す。
ただ、違うのはその手がスイフトの両手を握っていること。
「スイフトさん」
「…何だ?」
「ホスト、信用しても大丈夫でしょうか」
苦笑しながら泣きはらした顔を上げる彼女に、スイフトは顔を近づけて、笑った。
「お前に、嘘は吐かないよ」
その翌日、サイディングのホストクラブが突然に閉められ、ひとりの悪魔とひとりの旅人が街から旅立ち、色々な国で旅をするその二人を見かけるようになったという噂話が国に広がった。
end
20100303