「お前は世界最高の阿呆だな」
「うわ、酷いな」
「ボーカロイドに惚れた阿呆が酷いとかいう権利はねぇ」
いつにもまして不機嫌顔のそいつは眉を潜めたままゴツンと私の頭に拳骨を食らわした。ひどーい、痛ーい………というか普通小突くとかだろうに、ためらいなく拳骨ってなんて酷い男だ。
「だからモテないんだ」
「五月蝿い」
ごろんと寝転がって最近めっきり見れなかった部屋の天井を見上げた。うーむ、相も変わらず目に優しい若草色。やっぱりジジ臭いという意見は胸の中にしまっておく。
「さっきから毒ばっかり吐かないでよ。こうして会いに来るのも久々なのに」
そして、また何時来れるかもわからないのに。
と、付け足すと彼はベッドに座ったままだがやっと私に視線を向けた。その瞳の悲しい色は、たぶん気のせい。
「…帯人か」
「うん、頼み込んでやっと1人で外に出してもらえたの」
「やっぱり阿呆だな。
其処まで束縛されて依存されて異常な程の執着心を向けられて、どうして好きなんかでいられる」
「私だって、わかんないよ」
学校から帰れば暗くて狭い部屋の中から出られない。出ようとすれば帯人に止められる。
携帯はもう親のアドレスしか登録されてないし、連絡網が回って来てもそれが男と分かれば出させてもらえない。
それでも、あの閉鎖的な空間で毎日帯人に囁かれる甘い毒は、飽きるという言葉の存在を無くすほどいつも新鮮な響きで私の心を揺らすのだ。
『マスター、愛しています』
『好きです大好きです』
『俺以外みないでさわらないで』
帯人にそうやって言われる度に涙が出そうになって、同時に優越感に似た感情が胸に湧く。
帯人は私がいないと生きられない。ボーカロイドにそう表現するのはちょっと可笑しいだろうけど、事実だ。帯人は私しか見てなくて、私しか必要としてない。私はそれが嬉しくて幸せなのだ。
これが寂しい人間の証明になるのならそれでも構わない。
私は帯人が好きなのだから。
「其処にあるものだけで良かったかもしれないね」
「何が」
「手の届かない、触れられないもののままでいればこうならなかったのにって」
例えるならば、人形。
只見てれば綺麗で可愛いけど、物語のように本当に命が宿って動き出したらそれはファンタジーでも奇跡でもなく只のホラーになってしまう。
憧れているままなら良かった、そんな感じだ。
「たぶん、君が未だにミクやリンを妹にしか思ってないのはそれだろうね」
「ああ、お前と違って割り切ってたからな」
「私、割り切れなかったよ…馬鹿だよねぇ」
「そうでもないさ」
ふわりと前髪を撫でられた。驚いて目を見開くと、いつの間にか私の横にしゃがんでいた彼は泣きそうな顔をして私を見下ろしていた。
「割り切ってても、馬鹿はいる」
まるで、自分の事のように、彼は言う。
まるで、自分も“ある意味で叶わない想いを持って”いるかのようなその口振りが、私の心を不安で揺らす。
「…そろそろ、帰る」
「ああ、生きてろよ」
むくりと起き上がり、早足でドアへ急ぐ。
声が震えているのは、どちらだろう。
「ねえ」
部屋をでる直前に振り返る。たぶん今私は泣きそうな顔をしているんだろう。
気づいてしまったから。
だから、もう会えない。
気兼ねせずに会えた相手と、決別しなきゃいけない。
「彼氏持ち、好きになったら駄目だよ」
「…お前も、」
彼も、泣きそうな顔で笑う。
気づかせてしまったから。
そして、もう会えなくなるから。
気にしないように隠してきた想いを隠せなくなったから。
「人じゃないものなんか、好きになるなよ」
ああ、さよなら。
I shine for such a thing.
(お帰り、マスター)(ただいま、帯人)
(マスター?どうしたの?)(何でもないよ、ミク、リン)
((ただ、お気に入りを無くしただけだ))
end
title⇒風雅さま
(補足的な)
♀マス⇒女子高生
帯人のマスターさん
♂マス⇒♀マスの幼なじみのクラスメート
リンとミクのマスターさん
♀マスへの想いをひた隠していた。
[戻る]