俺の名前は雪山波戸。

自分で説明する事でも無いが、神崎高校1の不良と呼ばれ、恐れられている。
とにかく俺は昔から集団行動が大嫌いで、普通の学校の奴等の集まりを見るのもムカついて仕方なかった。
それに加えて地毛の色素の薄い金に近い髪色のせいで虐められ、気も短かったのでいつの間にか道を間違えていた。
気がつけば、周りには俺が遠ざけたせいか誰もおらず、俺独りだけ。別に良かった。
一匹狼だのなんだの呼ばれたって構わない、大嫌いな集団に加わるよか、全然良い。
そんな俺を変えたのが、季節外れの転入生のイブキだった。最初はうざかったが、俺を怖がらず話しかけてくる度胸に好感を持った。そして、俺がイブキといるようになったと聞いてイブキに興味を持った生徒会のバカ共のせいで理不尽な目を親衛隊の奴等に合わされてるのに逃げずに立ち向かう姿に守ってやらなきゃと思う気持ちが増した。………好きかとかはわからない。でも、イブキは特別な俺の恩人だ。


しかし、あいつはあちこちで必要とされている、愛されてる。だからもしかしたら俺がイブキといることはあいつの邪魔になっているかもしれない…。そう悩み始めた、そんな時期。


確か、イブキが平凡友達と確か…、なんだっけ、なんかもう一人いたけど忘れた。そいつらと有名学園だかの文化祭を見に行った日だ。

俺は、バイトがあってイブキについていけずに苛立ちながら帰宅ラッシュの夕方の電車に揺られていた。面倒なんで制服のまま。
そこで。


「………っ」


痴漢にあった。
しかもかなりタチが悪い。どうタチが悪いかは詳しく言いたくないが、とりあえず前は開いていた。
いくら不良だからって此処で騒いで男が痴漢に会ったと騒ぐのは考えられないし、電車の隅に俺を追いやられ背後から尻を撫で回されながらチャックを開けられ弄られてる状態ではそれも叶わない。チクショウ………!
唇を思いきり噛んだ時、ふとすぐ横に気配を感じ、顔を上げる。


「!」

そこには俺と痴漢のすくそばでこちらをじっと見つめる女がいた。顔立ちは綺麗めよりのまだ可愛さが残る顔立ちで、腰までの長い黒髪はまるで日本人形だ。どっかの有名学園みたいなちょっと変わったセーラー服に身を包んでいるその女は固まっている俺と痴漢を交互に見ると、ふうと小さく溜め息を吐いた。

――――そして、
「せりゃ」


くしゃっと、自分のスカートを掴み形を崩した。


ついでにセーラー服のリボンも緩める。すると素早く痴漢の手を掴み上げ俺から引き剥がし背に庇い、耳打ちした。

「今のうちに身だしなみ戻して下さい」

「は…!」

「ちょ、ちょっと待ちたまえ君…!」


そして、高らかに叫んだ。



「この人!痴漢です!!」


流石に痴漢も俺も言葉を失った。
女に庇われてる俺は見えないからいいものの、その女は自分でやったとはいえ結構恥ずかしい格好だ。なのに大勢の視線を受けても物怖じせず、凛と背筋を伸ばしている。
やがて我に帰った痴漢野郎は慌てて首を横に降った。そりゃ男痴漢してたのに違う奴に言われたら慌てるよな。

「私は君に痴漢なんか……!」

「触ったじゃないですか、女子の私に」

ガヤガヤ騒ぐ周りも気にせずその女はつらっと無表情で痴漢を冷めた目で見つめ、そう言い返した後、痴漢にだけ聞こえるよう低く小さく付け足す。


「――それとも、いい年こいた社会人のおっさんが男子学生さん触って興奮して粗末なモノおっ立てていたとでも声高々に弁明致しますか?」

…丁寧なんだか下品なんだか。

痴漢がぐっと口ごもった瞬間、車掌が向こうの車両から人を掻き分けてこっちに来るのが見えた。

途端、女は痴漢から手を離す。痴漢は逃げようとしたがすぐ横にいたサラリーマンに二人がかりで押さえられた。
すると同時に駅に着いたのか扉が開き、手を取られる。


「走りますよ」

「はっ?!」


ぶわっと電車から出ていく奴等に紛れ女は俺の手を取り駆け出した。まさか、最初からこうやってうやむやにしようとしていたのか。わからない。わからないが…。






なんなんだ、この女。






「はあ…はあっ」

走って、走って、たどり着いたのは笹木町の小さな公園だった。情けなくベンチに腰かけて呼吸を整えていると、そっと額から顎に伝う汗が白いハンカチによって拭われる。
力を込めたらすぐ折れそうな、ほっそい白い指。

「大丈夫ですか?……まあ、大丈夫では無いと思いますけど」
はっとして前を見ると、あの女が無表情のまま俺と向かい合うようにしゃがんでいた。

「……な!」

俺が振り払おうとした時はもう汗は綺麗に拭かれていて、女はそれを気にしたふうもなく畳んでポケットにしまうと立ち上がった。

「……なんで助けたんだよ、別に頼んでねぇだろ」

プライドとか羞恥心に邪魔され素直に感謝できず睨みをきかせてぶっきらぼうにそう問うが、女は全然怯まなかった。

「そうですね、でも見てしまいましたし。見た以上は放っておけませんよ」



「…随分正義感が強いんだな」

全く表情を崩さないこいつに何故か苛ついて今度は皮肉を含めて言ってやる。
しかし、女はまたも無表情のまま首を横に振った。

「普通だったら見ないフリしてましたよ、毎度あんなことしていたら大変ですし」

「……毎度?」

「あのおっさん前から顔の綺麗な男性ばかり狙っていたんです、実際私が被害にあった訳では無いし、男同士という事もあって黙っていましたが」

「……なら、なんで」


俺を助けたんだ?


そう問いかけようとして、止める。
何故なら俺のその質問を予想していた女が、初めて無表情を崩していたから。僅かだけれど綻ぶ口元、優しい眼差し。



―――穏やかで脆いような、笑顔。



「私の、大事な人と同じ学校の制服でしたので」

「…彼氏かなんかかよ?」

「いいえ、残念ながら」


なんて変な奴なんだろうか。
たったそれだけで?下手したら冤罪で捕まるかもしれないってのに、しかも俺がその大事な奴だかの知り合いとも限ら無いのに。

「…バカじゃねぇの」

「自分でも呆れていますよ、まあ大丈夫でしょう。あのおっさんの様子では素直に痴漢を認めてますよ」

だから安心してください、なんて小声で付け足すと女はやっと身だしなみを整えて鞄を持ち直すと、俺に背を向けた。


「では、お大事に」


「お、おい!ちょ…っ」


足早っ!!


すたすたと歩いてるのに走ってるようなペースで歩いていってしまう背中を咄嗟に追いかけるがまだ本調子じゃないのか力が出なく追い付けない。

というか、なんで俺は、追いかけてるんだ…?


その時、一台の車が女の目の前に止まり、中からケバい女が飛び出して来た。咄嗟に電柱の影に隠れる。


「深雨――!探したんだからあ、日曜日なのに制服で何処行ってたのぉ?」

「ああ、ちょっとヤボ用で。阿弥香こそどうなさったんですか?」

「寮に電話入ったのぉ、お母様からだってぇ」

「………わかりました、お願いします」



……………みう。



よくわからない感情が沸いてくる。理解不能だ。イブキともまた違う感情に戸惑う。



俺は、遠ざかって行く車を見ながら、拳を握りしめた。






続く






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