(誰にもあげるものか。
ずっとずっと守ってきた大事な宝物。
今更ぽっと出の奴なんかに渡す訳が無い。
だから、だから。)




ああ、愛しの妹助けて下さい。



「貴緒先輩………」
「ナギ、お前は此処にいろ」
「いや、だって…!」
「お前は関係ない」
「関係ないわけないです!だって……っ」

ひたすらに首を横に降って俺を庇ってくれる貴緒先輩に涙目になりつつぎゃあぎゃあ大騒ぎになっているグラウンドを見やる。この時間は無人になっている西棟に突っ込んでいるデコレーショントラック。
それは。



「だってあれ俺の名前ですよぉぉぉぉっ!!夕凪晴架って!しかもなんかムカつく丸文字!」

明らかに銀髪ドMだろう。なんだ、なんなんだ!金持ちはどうして突拍子もないことばっかり起こすんだ…!
涙目で窓ガラスに手を付き項垂れる俺の肩を後ろから貴緒先輩がしっかと掴んでくれてるので大丈夫だが、これが一人なら脱力して床に倒れ込んでいただろう。


「落ち着けナギ、もしかしたら女子の夕凪晴架かもしれない」

「先輩ここ男子校!!」


でもやっぱりフォローはおかしいですよ先輩………。


「とにかくナギ、お前は此処に隠れていろ。もし蓮幸の生徒会長ならばこの騒ぎにお前が駆けつけてくると思ってこんなばか騒ぎを起こした筈だ。だからお前は外に出るな、今すぐに風紀委員達を数名呼ぶから」


貴緒先輩はふっと微笑を浮かべて俺から離れるとポケットから携帯を取り出したが、俺は慌ててその手を掴んだ。


「貴緒先輩!でも、原因は俺です!やっぱり自分で話つけないと…」

まさか風紀委員の警護を付けさせられるとは思わず、あたふたと焦る。風紀委員の警護はとても貴重で滅多に無い。俺なんかには到底勿体ない事だ。
ぶんぶん首を横に降る俺だが、不意に髪を撫でてきた貴緒先輩のその行動にぴたりとそれを止める。


「違う。ナギは―――」



「貴緒君、またそんな脇役に構ってるのかい?」
「ほんとーに、趣味悪いよねぇ、僕理解できなあい」

貴緒先輩の言葉を遮ったのは、美術室のドアから響いた俺の苦手な声だった。


「…生徒会か」

「……あはは」

咄嗟に貴緒先輩が俺を背に隠し、笑顔を消した。
教室の入り口に並んで立っていたのは、腹黒な茶髪の生徒会長とくるっとした目と低い身長が特徴の副会長だった。

平凡ケイが好きな双子書記と双子会計は結構俺には優しいし友好的だけど、イブキ溺愛中のこの二人はとにかく俺に辛く当たる。……まあ、名前もないようなサブな俺が幼なじみってだけであのイブキにくっつかれてたら面白くないのは当然だろうけど。

「何か用か」

「君に事態の収拾を手伝ってもらおうとね、…全く、脇役ながらも厄介事を起こしてくれた誰かさんがいるようだから困ったものさ。ね、才兎」

「ねぇ、早雪と僕も迷惑極まりないよぉ」


うう、グサグサと見えないトゲ…つ―か槍が突き刺さる。でもでもね!俺は悪くないんですよ!?踏んだらあっちが覚醒しただけなんだよ!?
嗚呼でも言葉に出せないこの気弱さ。


「…あの、すみませ…」

「ナギ、謝るな」

「へ?」

謝ろうと俺が頭を下げようとした瞬間、急に貴緒先輩が二人に向かって持っていた携帯を突き出した。後ろから見てるとわからないが……も、も、もしかして……?

「聞いたか編入生」

いつの間にかイブキと通話中!!

「「!」」

さあっと青ざめる二人が反論を放とうとした瞬間、男にしてはやや高めな声がキーンと携帯から響いた。

『早雪っ才兎っ!ハルカ苛めたな!もうお前らと口聞かない!』

「い、イブキまって…!話を聞いてくれないか!」

「貴緒キサマあ……!!」

オロオロし出す生徒会長に可愛さを消して殺気だつ副会長。まさかの光景に苦笑を浮かべて後ずさるが、貴緒先輩はつらっとした表情で二人に携帯を振りかざしながら俺に優しく微笑む。


「…ナギ、メールをしたからもうすぐ風紀委員と行平ケイが来るから少しだけ待っていてくれ、俺は現場を見てくるから」

「…ありがとうございます、貴緒先輩」

ああくそ、なんでこの人はこんなに良いやつなんだろうか。神様ありがとう!


「ナギのためだ、構わない」


それだけ言うと貴緒先輩は二人を携帯で釣りながら美術室を出ていってしまった。

「…ふぅ」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ声が廊下から聞こえなくなると急に緊張が溶けて、一気に椅子に座り込む。

嗚呼愛しの深雨、なんだか君の言う通りになってきたよどうしよう俺ぇ…!

まだ騒いでいるグラウンドになんだか泣きたくなって開けっ放しだった窓に寄ると、現場で風紀委員に指示を下す貴緒先輩が見えた。…ほんと申し訳なさすぎる、ごめんなさい貴緒先輩…。


「つかなんでデコトラなんだよ…!」



「ロマンだろうが」


がたりと立ち上がる。


耳を疑った。
返される事の無い独り言へのまさかの返答、有り得ない。
思わず後ろを振り返って見回しても、貴緒先輩が鍵をかけていった教室には人影すらない。なのに、なんで。まさか……!

「っ」

窓に再び視線を向けた時は、もう遅くて。


「そういえば、名乗っていなかったな」


とんと軽やかな音を立てて、窓から教室に入って来たのは紛れも無くあの銀髪生徒会長だった。窓から吹く風がさらさらと長い髪を揺らす。



「蓮幸学園高等部生徒会長、御条 緋鷺だ、踏まれに来たぞ夕凪晴架」



にっこり笑う綺麗で艶やかな笑顔にさあっと血の気が引いてゆく。

というか此処二階なんですけど――――!?




続く
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