6




――入り込んでしまうのか。その先の物語がどんなものか考える間もなく。


ーーーーーーー


あの後、廊下で説明するのもなんだからと王子と切海とやらに案内されたのは、校舎から徒歩10分くらい離れた校舎並みにでかい豪邸…もとい立帝学園学生寮だった。
普通寮というのだからありきたりな木造の庶民的なものを想像するだろうが、同じ木造でもこれは度が違った。
なんかよく洋画とか大富豪特集とかでみるような豪華すぎる内装と外装にくらりと眩暈がしたが、そこは王子がしっかり支えてくれた。『最初はやっぱり驚くよね』と笑顔で言ってくれたが、王子があまりにもその風景に馴染んでいた為俺は顔をひきつらせて笑い返すという曖昧すぎる返答しか出来なかった。…セレブこえぇ。


やがて広いエントランスや食堂、大浴場に談話室、遊戯室に書庫と色々案内された後、螺旋階段を上り、広く長い廊下を歩いた先は――王子達曰わく東館の最上階の一番端の部屋で、どうやら此処が俺の部屋らしい。同室者も生徒会のやつで、後から来るからと言われた。つか………校舎から無事にこの部屋にたどり着けるかがとてつもなく不安だ。



「さあ!とりあえずちゃっちゃっとサラッと説明しちゃおうか王子くんっ」
「善ならいいけど切海君に王子って言われると複雑だね」
「はっはっは!とりあえずお茶でも出してくれちゃっていいよ〜」

「お茶出す以前に片付いてねぇ部屋にくつろぐなよ」

部屋の中は見事にダンボールがつまさっていた。と言っても元々持ってる物が少なかったのと、タオルとかそういう大抵の生活用品は学園側が用意してくれてるとかで二、三箱くらいだ。でも散らかってる部屋には変わりないのに、人のダンボールの上に普通に座っている切海は非常識だと思う。まあ王子のさり気ないトゲを気にしてないあたり注意しても無駄だろうが。

とりあえず俺も床にあぐらをかいて座る。

「まあ、とりあえずお茶でも飲みながら話そうか」


するとホントに王子がお茶だしてきやがった…!しかもご丁寧にティーセットだし、あと、……あ。


「っ!」

「ん、どうしたんだい?」

急に言葉を詰まらせた俺にダンボールに腰掛けながら足をぷらぷらさせていた切海はきょとんと首を傾げ、理由が解っているであろう王子はくすっと笑った。

「…はい、これは善のだよ。予め買っておいてたんだ」

そう言って王子がにっこり笑いながら俺に紅茶のカップと一緒に渡したのは――雑誌で見かけてからずっと食べたかった高級人気ケーキ店のモンブランだった。

「お、王子……これ…!」

「善ずっと言ってたからね、此処のケーキ食べたいけど高いし遠いから無理だ―って。だからちょっと知り合いに手伝ってもらってね、…善に会えたお祝いのだから気にしないで食べていいよ」

「――っ」

俺は見た目に合わずかなりの甘党だ。そこは多分バカ親父に似てしまったんだろうが、それに関してはなんの文句も無い。
そのくらい甘い物は好きだ。洋菓子だって和菓子だってなんでもいける。そして、特に好きなのはケーキで、その中でも一番はモンブランだとかなり前に王子に話してはいた。でもまさか覚えてるとは思わなくて、戸惑う。けれどそれはすぐに嬉しさに変わっていって。

「…サンキュ、王子!」

「どういたしまして」

自然に笑顔が零れた。笑顔っつーかニヤケ顔になったかもしれないけど別に良い。今はケーキで頭がいっぱいで、王子の満足そうな笑顔を横目に俺は味わいつつもぱくぱくとケーキをほうばって行く。やっぱりあれだな、栗は最後だ!

「……へえ」

「ふげ?」

すると、ふと視線を感じて顔を上げれば、何故か切海がじっとこちらを見ていた。
…あ、そういえば話があったんだ。やべ、完全に忘れていた。流石にばつが悪い。

「あ、悪い……」
「いやいやいいよ、なんとなく解ったからねぇ。こりゃ芥だけじゃなくりゅうくんも気に入る訳だ!」

つい謝った俺に切海はにっこり笑ってそう言うがそっちで勝手に納得されても俺には何がなんだかわからないんだが…。
つか、あとモンブラン栗だけなんだけど。食っていいの?この空気で食っていいのか…?!


「そりゃあ善だからね」

しかも王子は何故か誇らしげ。

「…央時くん央時くん、君なんか普段とすごいキャラ違くない?」
「こっちが素だよ。普段のは君達が真面目に仕事やらないからです。
……じゃあとりあえず話に入ろうか?善」

「あ、ああ…」


………とりあえずモンブランの栗は保留か。



━━━━━━………

「簡単に言えばこの立帝学園は生徒会が2つあるんだ。僕達みたいに表立って動く生徒会と、善が今スカウトされてる裏生徒会がね」

「…初歩的だけどさ、なんで二つも生徒会があるんだ?人が足りないなら生徒会メンバーを増やせばいいだろ?」

「そうそう!それが裏の元なんだよ。善君!」

「 広聡 」

「…ハイ」

「お、王子―…?」

「で、切海君の言葉と善の質問通り、初代生徒会や委員会はこの規模の大きい学園を取り締まる事にかなりの負担を強いられてたんだ。だけど能力と人気を重んじて役員に選ばれた以上、今更人手不足ですってメンバーを増やすのも面目というか外聞が立たない。
…はい、後は会長よろしく」

「……!。
そう、それで生まれたのが『生徒会内密補佐隊』、つまり選りすぐりの仕事が出来る優秀な生徒を内密に探し出して編成された極秘の補佐隊と言うわけだね!」

…いや、その補佐隊の人達可哀想だろ。

「でも、それってなんか不正ぽくないか…?」

「まあ、言っちゃえばその通りでね!
だんだん補佐隊の活動が補佐だけでなく別の仕事……つまり裏仕事を扱うようになるとやっぱり他の生徒にも噂が飛び交うようになったのさ。『生徒会は支援を受けて成り立ってる』とね。
それで困った学園側が言ったのが、補佐隊では無く『もうひとつの生徒会』つまり裏の生徒会だよっていう咄嗟の嘘。
そしてその後、その発言を待ってたかのようにパッパッと初代補佐隊長が補佐隊を本当に裏の生徒会として独立させて半ば無理やり学園側に認めさせちゃって、めでたくも裏生徒会が出来た訳なのさ!」

うん、切海のやたら元気過ぎる語り口調はたまにいらっとくるもののわかりやすい。でも、

「――で、裏仕事って?」

『裏仕事』それが一番気になった。不正とかでは無いだろうが、たぶんそれが裏生徒会という名前を印象強く、そして異質な雰囲気にしている気がする。

敢えて切海では無く自分を見て問う俺に、王子は眉を下げながら言った。

「…裏の仕事は、いゆわる『身体を張る取り締まりと雑務』がメインだね。
裏の生徒会は『表の生徒や職員が出来ない仕事』――つまり学園の不正や生徒が起こした表沙汰に出来ない事件に関する調査や手に余る生徒の取り締まる、危険を伴う、ある意味ギリギリなラインの組織なんだよ」

「……へえ」

つまり、学園の掃除役ってとこだろうか。

表が人気や人望を得てその力で昼間の生徒達を制するならば、裏は夜…つまり裏側で動く厄介な輩を力で制し牽制する組織って訳か。……うん。

最後までとっておいた栗を、ぽいと口に放り込む。

「めんどくせぇ」

「えぇ?!」

「…やっぱりかあ」

さっきの推薦書類の時並にショックを受けて固まる切海と、俺の考えが解っていたのか困ったように苦笑する王子。
悪いが、あまり乗り気じゃないのは確かだ。……でも、生徒会について話を聞いてる中でひとつの予想が浮かんだ。それが当たっているなら。

――たぶん、逃げられない。拒否も出来ない。


「――でもさ、会長さん」

ふっと顔を上げて、フリーズしていた派手だけど造りの良い顔を見た。

「へっ?」

「それ……、『俺が生徒会希望』って"誰"から聞いたんだ?」




「――理事長だよ」




答えたのは、切海では無く王子だった。苦笑を浮かべながら立ち上がると、そろそろ同室者の子が来るから説明はお終いだねと、素早くティーセットを片付けてまだフリーズの余韻でおどおどしてる切海を引っ張ってドアの傍へと連れて行く。

そして俺の視線を背中で受け止めるように背を向けたまま少し、迷ってるような声で言った。たった一言、余計な事は言わず気遣うように。


「――決めるのは、善だからね」

「ああ」


パタンと扉が閉じた。


―――たぶん、俺を此処に寄越したのはその理事長だ。
なんの為か解らないが、俺を裏生徒会に入れたかった。だから危うい立場の俺に多分此処を――自分の学園を指名してきたんだろう。だったら喧嘩が強い俺を裏仕事メインの方に入れるなんて言わないと思う。
そして理事長から俺の許可もなく話が切海に行っている以上、裏に入る事に拒否権は無いという事だ。話を聞く必要さえ無かったのかと思ったら腹が立つ。
でも、この学園の生徒は生徒会長と副会長しか理事長に会う権利が無く、会っても必要最低限の事は厳守らしいから殴り込みにもいけない。

――ならば、やはり。


ごろんっと床に寝転がった。



「…めんどくせぇけど「入るしかないねぇ」

「はっ?!」

天井だけ見えてた視界に、いきなり金髪の美形が割り込んできた。長めの前髪を何故か女性用のヘアピンで止めている……ってそんなんどうでもいい!

「はーい、こにゃにゃちわーん!はっじめましてんっ、善センパイ!」

「いやいやいや、こにゃにゃちわじゃねぇし」


ビビって咄嗟に半身起こして後ずさると、そいつはやたらに整った顔に愛想の良い笑顔を浮かべて、しゃがんだまま俺を見つめる。なんだなんだ、今日は美形厄日の日なのか…?!


すると、不意にさっき見たあのカードを制服のポケットから取り出した。

「俺ね、日浅 眞幌。マホでいいよ―。お話は表の副会長から聞いてまっす。
因みに表生徒会書記で、これから善センパイの同室者なんですよんっ」

確かにカードは王子や切海と同じ物だ。
ふうと息を吐いて落ち着かせると、口元を緩めて言葉を紡ぐ。やっぱりこれからずっと部屋を一緒にするんならそれなりに仲良くないと気まずいし。

「あ―…、そっか。
じゃ、聞いてるけど一応、俺は広聡 善な。よろしく、眞幌」
「うん。よろよろ―!」

…喋り方はちょっとだけうぜぇけど。

「あ、つか悪いな。今片づけるからさ」

「いいよいいよ、俺も手伝うし。その前にさ、善センパイ」

「ん?」


「りゅうくんと観波芥に気に入られたんだよねぇ?」

またその話題か。

「いや―…俺は自分でよくわかんねぇよ。芥に抱き枕にされたのはともかくりゅうくんはただ握手しただけだしな…」

「うん、それで充分。
でもな―、善センパイ裏っしょ?これから大変だな―…」

「え、マジで、何が――」

「ちょっと、似てるから」


――すっかり、油断していた。
眞幌が床に右手をついて、片膝をつく。ぎしりという音に反応した時には何故か儚そうな笑顔が真近にあった。

だけど、何故かその目があまりに脆そうに見えるせいではねのける気になれない。


「善センパイ、俺の欲しい子にちょっと似てる」

「…欲しい子?」

「うん、俺の好きな顔だよ。
でも本人は複雑だろうなあ、好きな人の数少ないお気に入りが自分に似てるなんて」

するりと俺の頬だけ撫でると、眞幌はすぐに手を放して立ち上がった。そして、そっと俺の髪に触れて笑う。

――ああ、なんか、脆いな。


「眞幌」

「ん―?」

ゆっくり立ち上がって、ぽんと肩を叩く。
…こういう奴、ほっとけないんだよなあ。

「甘いもん好きか?」

「へ?…うん、好きよ?」

「よし、ならさ学食案内してくれよ。さっき聞いたんだけど学食でもデザートあるんだろ?一緒に飯も食おうぜ」


同室祝いだ。そう言いながら眞幌の腕を引っ張って部屋を出た。
部屋の片付けは後でだって出来る。裏生徒会もまだちゃんと決断しなくていいだろう。とにかく、今は少し先輩らしくなんでもないように接してやろう。…流石に偉そうか。


「…中身も似てるっていうかこっちの方が優しいって……反則だなあ」

「ん?」

「なんでもなーいっ」


とりあえず、飯だ!









(この時は、ただ楽しかったんだ。)






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