ひとはすぐにいなくなってしまう
ひとはすぐにこわれてしまう
命が重いとよく言うのは価値という意味で、実際命はとても軽い
そう、ひとは、脆くて、儚くて、軽くて、だからこそいとおしいものなんだ。
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俺には数年前からメル友が居る。ただの間違いメールから始まったとは思えない程に仲良くなって今では本名は知らないが電話もする仲だ。
あだ名は王子。顔は見たこと無いが性格が正にそれなのでナイスなネーミングセンスだとは思う。
しかし、まさかこいつが通ってる学校も立帝だったとは思わなかった…。
まあ、良いことには変わりない。……迷子的な意味で。
『……でも、まさか善が立帝に来るなんて思わなかったよ。で、今どこ?』
「わかんねぇ」
『……あのねぇ…』
携帯から漏れるため息混じりの声に眉を寄せる。仕方無いだろう、俺だってため息吐きたい気分だしタバコだって吸いたい気分………いや、最後のはナシ。
とりあえず、簡潔に言えば、迷子になりました。
今朝方に馬鹿みたいな学校の門を迎えに来たベンツで潜ったまでは良かったものの、その後にあまりにも案内役達に坊ちゃま扱いされるもんだから案内役をはねのけて一人で行くと途中で車を降りてしまった。
敷地内だから適当に歩いてりゃあ済むだなんて思ってたのが甘かった……………が、此処にも問題があるんじゃないかとも思うんだ。
ちらりと辺りを見回す。視界に映るのは、緑、緑、緑だらけ。
「つーか、なんで学園に森があんだよ」
『あはは…』
そう、俺が迷い込んだのは森だ。
因みに学園のそばにある森とかではない。学園の敷地内に人工的に作られた森だろう。
しかも、今は午前10時。HRに間に合わないばかりか、授業中なので人の気配が全く無い。
「しっかも整備完璧だし…」
…遠くから見た校舎のでかさと広場の噴水にも驚いたってのに、冗談じゃない。此処はネズミの国か。ファンタジーランドか。探したらジェットコースターとかでもあるんじゃねぇのか?『あれ…ていうか、今森って言った?』
「あ、うん」
『居る場所わからないって言ったくせに……わかった、今から迎えに行くから。そこから動かないで待ってて』
「王子」
『ん?』
「わ…悪いな」
『…どういたしまして』
クスクスと笑い声がする。なんか気恥ずかしくなってきて、言わなきゃ良かったって気分になった。
「わ、笑うんじゃねぇっ」
むっと眉を寄せて返答を聞かないまま電源ボタンを押して電話を切った。…でも多分王子は来てくれるだろう。
「…ふ―…」
とりあえず座ろうと思った時、すぐそばの大樹にもたれかかってるだろう人影を見つけて、目を見開く。
なんか気になって、そろーっと反対側に回ると、そこには黒髪の学生が寝ていた。
――細いけど足がやたら長いので多分身長は俺よりある、でもガリののっぽって訳でもない。肝心の顔は前髪が長いから見れないが寝息がするから寝てるのは確実だ。
しかし……。
「なんかサボるキャラっぽくねーな…」
制服も着崩してなければアクセも付けてない。
肌もやたら白くて、まるでうちの馬鹿親父並だ。
「………よっと」
ちょっと向かい合うようにしゃがみ込んでみる。顔を拝んでやろうと前髪に手を伸ばすとむにゃりと唸った。
「……むにゃ」
「わ」
驚いて反射的に手を引っ込める。
つか今時素でむにゃとか言う奴いるのか……。
いや、とりあえず今はリベンジだ!
「……今度こそ…」
すると、がくんと体が揺れた。
「はっ?!」
「むー………」
気がつけば、目の前には黒と肌色。つまり、この昼寝野郎に抱き寄せられたんだろう。背中にしっかり両腕が回っている感覚がするし、抱き寄せられたせいでしゃがみ込んでたのが膝立ちになってしまっている。
…というか膝立ちになってんのに顔の視点が同じとかホントどんだけでかいんだ、どんな座高してんだコイツ…。……………じゃなくて!
「オイ、てめぇ!放せって!」
「だーきーまーくーら…」
「抱き枕ちげぇ!」
力任せにじたばたともがくが、ホールドされてる腕はびくともしない。頭突きをかまそうかとも思うがこれ以上馬鹿にならないようにオフクロに頭突き禁止令出されてるから出来ない。バレたら恐い。多分オフクロ曰わくロールキャベツの刑(ぶっちゃければスマキだ)に処せられる。だったら男にひっつかれる方がまだマシだが…!
でもやっぱり気色悪い!
「起きろつってんだろ―――っ!!」
「もふっ」
耳元で腹から声を出して力いっぱいに怒鳴ればそう昼寝野郎はそう言ってビクッと動いた。いや、だからもふってなんやねん。もふって。…あ、オフクロの口調が移った。
「………あ、れ?」
その時、ぶわっと風が吹いてそいつの長い前髪を攫った。
――風でよけられた前髪から覗いた顔に目を見開く。
すうっと開いた珍しい紫の瞳とむかつく程綺麗な顔立ちがすぐ目の前にあって、息が詰まった。
「……っ、あ」
「……………」
今なら逃げられる。なのに金縛りにあったみたいに体が動かなかった。
ぱくぱくと口を動かしているうちに前髪が戻って、また顔が見えなくなる。
それでも動けないでいる俺をじーっと見つめて、やつはポンと呟いた。
「……しょーとくたいし?」
…………いやいや。
「……なんでそうなるんだ」
「…ケセランパサラン?」
「何だそれ!!」
抱き締められてることも構いもせずに怒鳴る。が、まだ寝ぼけてるのかそれが素なのか昼寝野郎は首を傾げながらも俺を更に強く抱き締めた。
「むぎゅー」
「ぎゃあああああ!!」
「抱き具合…きもちい」
「はなせ!離せ!放せって!変質者かてめぇは?!」
「…変態ぽいって、りゅうくんに言われた。りゅうくんは変人なのに…」
「しゅんとするな愚痴るな!とっとと放しやがれ!」
つーかりゅうくんって誰だよ!?
「むすー……」
だああああっ
らちがあかねぇ!
「じゃあ、名前」
「はい?」
「名前、教えて。俺、観波 芥」
こてっと小首を傾げて問う様はまるで草食動物のようで調子が狂う。緩んだ腕にほっとしながら体を離して立ち上がって、まだ座り込んだままのそいつを見下ろした。
「…広聡、善」
「うん、覚えた。善って、呼んで良い?」
「構わねえけど…………よくわかんねぇ奴だなお前」
ぽつりと呟けば、観波はふわりと口元を緩めて笑った。なんだか気が抜けて思わず笑い返してしまう。
「――善?!」
すると、背後から呼び声がして思わず振り返る。
綺麗な顔の金髪の男が駆け寄ってくる。たぶん、王子だ。
歩み寄って片手をひらひらさせて笑いかければ、王子は息をきらしながら苦笑した。
「ごくろー、王子」
「……初めて会ったのに随分フレンドリーだよね…」
「堅苦しいのは嫌いなんだよ」
「…まあ僕もだけどね。
でも一人で大丈夫だった?」
「へ?」
一人という単語にきょとんとして大樹の方に振り返る。すると、さっきまで観波がいた場所にはもう誰もいなかった。
「…なんだ…?」
「どうしたの?」
心配そうにのぞき込んでくる王子に首を横に振ってごまかしながら、俺は森を後にした。
「…そういや王子本名は?」
「……夏崎 央時」
「……まんまだな」
「……うん」
奇妙な出逢いがまだまだたくさんあることを、俺は知らなかった。
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