[ 眠る君を案じて |
※1話の前くらい 『―スパイとして潜入していたナイツオブラウンドの幹部リニットとJ部隊の隊長が逃走した』 話を聞いた時、トキオは内心で少なからず驚いた。 ナイツオブラウンドのリニットと言えば少ない情報の中でも、凄腕のプロのスナイパーだ。 そんな彼が、スパイとして潜入し仲間として過ごしたとは言え隊長――しかも男と、逃げた等。 ナイツオブラウンドを裏切ったリニットも凄いし、上層部からはカナエを優先して捕らえろと命令も下っているが、トキオの関心はカナエよりもその隊長――タマキにあった。 "あの"リニットが唯一殺せなかった男。 仲間内でも殺人人形と呼ばれていたらしいリニットが唯一愛し、愛された存在。 どうせならば、二人そろって捕まえやろう。 例え引き離される事になろうと―――― トキオはぼんやりとそう思いながら、任務へ向かった。 ーーーー……… 「ま、リニットが惚れたってのはなんとなく解るな」 結局、岸壁に追い詰めたまでは良かったものの保護が出来たのはタマキだけだった。 リニットは死んだか、もしくはナイツオブラウンドに引き戻されたかのどちらかだろう。 そんな事を思いながら、部屋のベッドに横たわり眠るタマキの黒髪を撫でた。ちょっとくせが入った髪だが質がいいのか手触りが良い。 まだ額や腕に巻かれたままの包帯が痛々しいが、トキオはどちらかと言えば別の憐れみを笑みに浮かべていた。 「お前も、大変になるなあ」 あの海で死ねなかったのは不幸だ。 これから彼は自分が復帰する部隊からも上層部からも白い目で見られながらも、逃げられない。 リニットを釣る餌として利用され、場合によってはナイツオブラウンドからも狙われるだろう。――リニットをたぶらかした男として。 そして、これからトキオにも監視される。 仲の良い同居人、記憶をなくした自分の初めての味方のような存在――トキオが実は監視対象として自分と一緒にいたと知れば、タマキは傷つくだろう。 リニットのことも思い出せば、また彼には苦悩の日々が待っている。 言ってしまえば、生きていても苦難しか待っていない。 「それでも、お前は立つんだろうな」 まだ数日間しか一緒に暮らしていないが、トキオにはタマキをなんとなく理解していた。 薄い薄い、いつ割れてしまうかもしれない氷の上。 例えそのまま深く冷たい水の底に落ちてしまうと彼は立ち、リニット――カナエと向き合うことをやめはしない。 純粋で、まっすぐ過ぎて、自分には眩しいくらいだ。 ――リニットもそう感じていたのだろうか? 「俺も、絆されないように気をつけないとな」 そう呟きながらもトキオの苦笑は柔らかく。 まるで愛しい恋人を愛でるように、タマキの髪を撫で続けた。 end |