「今日の苗字可愛くね?」
「あぁ、隣のクラスの?」
朝からどこにいても生徒たちが口々に地球外生命体の話をしているからイライラした。名前が何だって言うんだ。可愛いだの何だのとあいつを調子に乗らせるな。
「もうあんた可愛すぎるよ!」
またしても中島のデカい声。階段の上から聞こえてきた名前に思わず見上げるとそこにはいつもと雰囲気が違う名前が女子たちに囲まれている。
「モデルさんみたい!」
「今日山田くんとデートいくからちょっとオシャレしようと思って」
「あんた元から顔面偏差値高いからそのままでも可愛いけど、これもいいわ〜。ま、見た目だけね」
「ははは、表出ろ中島」
確かに見た目だけ着飾ったところで中身に問題があるから努力したって無駄なのに。
「こりゃ山田くんイチコロだわ。もう付き合っちゃえば?」
「あー、それもいいかもね」
「なに思ってもないこと言ってんのよ」
「じゃあ私、玄関で山田くん待たせてるから行くね」
「はいはい、楽しんでおいで」
そう言って中島と別れ、いつもより短いスカートを揺らしながら階段を降りてくる名前。
あ。
目が合った。
「何睨んでるのよ」
「僕を見下ろして話すな。頭が高いぞ」
「は?」
僕は数段上にいた名前よりさらに階段を上がり見下ろす。いつもと違うのは、スカートの長さだけじゃない。カールのついた髪に、化粧で少し大人っぽく見える顔。どうしてこんなにムカつくんだ。
「ブスはさっさと帰るべきなんじゃないのか」
「中二病のクソガキこそさっさと帰ってクソして寝な」
「品のない女だな。いや女じゃないか。すまない間違えた」
「私これから山田くんとデートだから赤司に構ってる暇ないから」
そう言って階段を降りようとした名前を引き止めた。何をやってるんだ僕は。自分で自分の行動が理解できない。
「何?」
「僕が聞きたいくらいだよ」
「何言ってんの意味わかんないんだけど」
「今日の僕はおかしいみたいだ」
「いつもだよ」
「突き落とすぞ」
そんな訳のわからないやりとりにモヤモヤする。昨日デートでも何でも勝手に行けと言ったのは僕なのに、目の前の名前を引き止めるなんて矛盾もいいとこだ。そんなとき下から階段を上がってきた男子生徒が二人、名前を見上げ口角を上げたのが視界に入る。
「苗字のパンツ見えんじゃね?」
「おっ、花柄レースだ。てか足めちゃくちゃ細いし、やべー何かそそるわー」
「お前エロいことしか考えてねえだろ?」
そんな会話が聞こえてきて、当然名前の耳にも入る。途端に泣きそうな顔で真っ赤になった顔を両手で覆う。
あぁ、馬鹿かこいつは。
「うわっ!?危ねっ!!」
「すまない手が滑った」
ドン、と赤司の手から離れた鞄が彼らの前に落ちる。おそらくわざと鞄を投げたんだろう。やけにイラだった顔の赤司が彼らを睨むと足早にその場から逃げて行った。私のこと庇ってくれた…?いや私自惚れすぎ?
「え、あ。一応ありがとう」
「お前に礼を言われると気持ち悪いな。雪でも降るのか」
やっぱり勘違いだった。赤司が私を庇うはずないか。そして赤司はわざとらしくため息をついた。
「自業自得だね」
「なっ…」
「そんな短いスカート履いてるからだ。逆セクハラで訴えられるぞ」
「セクハラって…!」
なんだかご最もなことを言われているようで何も言い返せないのが悔しい。確かに調子に乗ってスカート短くするからだ。ほんとに赤司の言うとおりじゃんかくそッ。
「今日の名前は何かとムカつくんだ」
赤司と私の距離は階段の段差一段分。赤司のほうが高い。そこから私を見下ろす赤司は私に手を伸ばす。この男のことだから殴られるかと思って反射的にぎゅっと目を瞑ったけど、来ると思っていた衝撃は来ない。そして気づけば赤司は私の顎をくいっと持ち上げると親指の腹で唇のリップを拭った。
「んっ」
「その化粧も似合ってない」
何すんの、そう赤司を睨むと更に眉間にシワを寄せて睨み返される。
「あんまりそういう格好を誰にでも見せるな」
「何それ嫉妬してんの?」
「そうかもな」
「え?」
何。また冗談?もう昨日の手には乗りませんけど。
「昨日のことは撤回する」
「はい?」
「行くな」
「え?なにが?」
「だから山田とのデートに行くなと言ってるんだ」
「何で?」
すると赤司は「わからないやつだな」と呆れたように私を見てから言った。
「僕が行ってほしくないと思ったからだ」
熱でもあるの?