「妹!名前ちゃん!そろそろ肉焼けるよ〜」
「ヒャッハー!BBQ!」
赤司にイラついたことなんてスッカリ忘れて遊び狂い、日も暮れてきた頃に中島兄の声に私たちは海から上がる。どうでもいいが中島兄は中島のことを妹と呼んでいる。そんな中島兄の粋な計らいでここでBBQ!さっき私が捕まえたデカくてグロいカニも網の上でご馳走と化していた。中島兄の友達数人も支度を始めていて、私たちも着替えに行こうと思った矢先に…
「あれ…?」
ない。
「どうしたの名前」
「…ない」
「何がな」
「ちょっと探してくるから中島は先にお兄さんのところ行ってていいよ!」
「あっ、ちょっと名前!」
気がつけば今日つけていたネックレスがなかった。いつからなかったのか、どこでなくしたのかもわからない。中島の言葉を遮って走り出した私の背中に「最後まで人の話は聞け!」と怒っていたがそれに応えられるほどの余裕なんてなかった。
「どうしよう…見つからない」
心当たりのある場所はもうほとんど探した。それでもネックレスはどこにもなくて、失くすくらいなら最初からして来なければよかったと後悔した。
「あっ」
そういえば、まだ探してないところがひとつだけある。昼間、私がデカくてグロいカニを捕まえた岩場だ。でもあそこは岩がゴツゴツしてて危ない。それこそ一歩間違えたら海の中にボチャン。結構深そうだったし泳げない私なら尚更。溺れること間違いなし。だから今日ビート板を持ってきたんだよ。肝心な時に持ってないなんた私はバカか。でも、まぁ迷ってる場合じゃない。あのネックレスはどうしても見つけなきゃ。
私の宝物だから。
「ねぇ、この辺に名前来なかった?」
そろそろ合宿所に戻ろうとしたら中島が一人で来た。それも名前を探して。
「一緒じゃないのか?」
「なんか急に探し物あるからってどっか行っちゃったんだよね。すぐ戻ってくると思ったんだけど全然戻ってこなくて」
探し物…?
「何かはわかんないけど、すごい焦った顔してたから大事なものなんだと思う」
「もうすぐ満ち潮ですよ。一人なら危なくないですか?」
「中島、名前がいなくなってどれくらい経つ?」
「1時間くらい」
テツヤと中島の言葉に嫌な光景が頭を過る。
「大丈夫ッスよ苗字っちなら!運動神経いいし絶対溺れたりなんか、」
「いや、」
「え?」
「名前は泳げないんだ」
鈍臭いからどこかで迷子になってるかもしれない。泣き虫だから転んで泣いてるかもしれない。それならまだいい。僕が見つけてあげられるから。でも、どこかで溺れてるとしたら…。そう思ったら居ても立っても居られなくなった。
「あっ、赤司くん、どこ行くの!?」
気づけば僕の足は勝手に走り出していた。僕も大概バカな人間だ。僕に従わない女のために必死になったりなんかして。あぁ、本当に腹が立つ女だ。こんなにも僕を振り回すんだから。
だけど、どうしてだろうね。僕は名前を見つけるのが得意みたいだ。昔からそうだ。迷子になった名前を見つけるのも、どこにいても何をしてても名前を見つけるのはいつも僕だった。
「ほら、見つけた」
「なっ、赤司!?」
酷く驚いた顔をして僕を見ているバカな名前は今ちょうど岩場に乗り出そうとしてるところだった。
「自殺の邪魔をして悪いが、」
「…違うわっ!!!」
「なら、こんなところで何してる。泳げないくせに溺れたらどうするんだ」
「私が溺れたところで赤司には関係ないことじゃん」
「いいからこっちに戻れ。中島がお前が戻って来ないから心配してる」
「…やだ、」
「やだって。お前は幼稚園児か」
少なからず名前のワガママにイライラしつつ、名前の腕を引いたが頑固なこの女は戻って来ようとしない。
「いいから戻るぞ」
「赤司は戻ればいいじゃん。私は大丈夫だって中島に伝えてよ」
「なぜ僕が名前のパシリみたいなことをしなきゃならないんだ。自分で伝えろ」
「私は忙しいの!」
そういえば中島が名前は探し物があると言ってたな。大事なものだと言ってたが…。
「探し物は?」
「え、」
「何を探してるんだ。手伝ってやる」
「…いい。一人で探せる」
このクソ女。僕の優しさを無駄にするとは本当に身の程知らずなやつだ。このまま海に突き落とすぞ。
「二人で探すほうが早い」
「……」
「言う気がないならもういい。諦めて帰るぞ」
「だ、だめっ!」
強引に名前の手を引いて歩き出そうとしたら焦った顔をして僕を引き止めた。そしてしばらく躊躇したあとに言いにくそうにポツリと呟いた。
「ネックレス…」
「ネックレス?」
すぐわかると思うから、と抽象的なことを言われてこの辺をしばらく二人で探してみたがまったくそれらしいものはないし、もう日も沈みかけて暗くなってきてる。
「名前、もう戻ろう。暗くなってきたから危ない」
「やだっ」
「諦めろ。また買えばいいだろう」
「…ダメなの、あれじゃなきゃダメなの…っ!」
涙目になってる名前に思わずため息が出る。どれほど大事なものかは知らないけど、これ以上探してもたぶん見つからないだろう。
「それにネックレスと言われてもわからないし、もっと具体的に言え。真太郎たちにも伝えて探してもらおう」
「…ハートの、やつ」
「それだけか?」
「………」
「………」
「………」
こいつは何を躊躇ってるんだ。なぜか俯いてしまった名前に「おい聞いてるのか」と問えばこくり、と首を頷かせた。
「で?他に特徴は?」
「特徴とか言われてもこれと言ってないし…」
「だったらわからないだろう」
「わかるって、赤司なら」
「僕にだってわからないことくらいある。僕を何だと思ってるんだ」
「そうじゃなくて…!」
「なんなんだ」
「その、赤司が…私の誕生日にプレゼントしてくれたやつ…なの!」
え。
たぶん僕は今相当間抜けな顔をしていたんだろう。僕を見て「何その顔」と相変わらず可愛くない態度でいう名前に僕は負けじと「お前こそ鏡見ろ」と言い返した。顔が真っ赤だぞ。それより僕のことが嫌いなくせに僕があげたネックレスをまだ持ってるなんて変な女だ。特別高級なものでもないのに。売っても金にはならないぞ。
「まだ持ってたのか。捨てたとでも思ってたが」
「別に!ただデザイン可愛かったから持ってただけだし!」
「ふ…、そうか」
「何笑ってんの」
「笑ってない」
「口がニヤついてる」
いいから早く探すの手伝ってよ、と顔を真っ赤にさせて偉そうに言ってくる可愛くない女。僕はつくづくこの女に甘い。