すべて嘘だよ。
そう言えたらどんなに楽だろうか。

名前が嫌いと言ったことも。キスをしたのは気まぐれだと答えたことも。今までお前を傷つけた言葉のすべてが嘘だと言えたら。

好きだよ。
そう言えたらどんなに楽だろうか。


僕は臆病者だ。




「何で…あの時キスしたの?」

「……」

「…ねぇ」

「……気まぐれ、だよ」



気まぐれでしたキスなんかじゃなかった。僕の腕に閉じ込めた名前を自分のものにしたくてたまらなくなった。触れたいと思った。僕だけのものにしたかった。

名前に触れていいのは僕だけで十分だ


けど、そのあと名前は走って一人で帰っていった。しまった、と思った。散々、嫌いだのなんだのと彼女を突き放したくせに都合よく自分のものにしようとして。途端に情けなくなった。あの時、ちゃんと素直に自分の気持ちを伝えればよかったのかもしれないと後悔した。
それ以来、名前は僕を避けてた。それほど僕にされたキスが嫌だったのかと考えれば考えるほどモヤモヤは増す一方。だから真太郎と話してる名前を無理やり捕まえて彼女にこう言った。


「だから…、名前にキスをしたことは忘れていい」


僕は名前に拒否されることを恐れた。だから自分が傷つきたくなくて名前を傷つけた。あぁ、やってしまった。そう思ったのは名前の涙を見た時だった。


「嫌い嫌い嫌いっ!赤司なんて大っ嫌い!!」


日頃から名前に言ってきた言葉がこうして返ってくるとは思わなかった。大ダメージだ。苦しい。痛い。こんな思いをしたのは生まれて初めてだった。名前は僕がそれを言うたびにこんな思いをしていたのだろうか。ぎゅっと締め付けられるような胸の痛みに僕はただ走り去っていく彼女の小さくて弱々しい背中を見つめるしかなかった。



「何をしてるんだ、僕は」


気がつけば僕は名前の家の前で立ち止まっていた。帰り道、名前の家の前を通るのはいつものことだ。そのまま通り過ぎればいいものの、僕の足はそこで止まってしまう。


「何してんの人ん家の前で」

「………」


バッドタイミング。どうしていつもタイミングが悪いときに現れるんだ。狙ってるのかこいつは。明らかに素っ気ない態度で僕の後ろに立っていた名前は僕を睨んでる。


「帰宅部がこんな時間までなにしてる」

「赤司に関係ない」

「…それもそうだね」

「……」

「……」

「何か用?」

「特にない」

「あっそう」


だったら早く帰れば、と僕の横を通り過ぎて家の中に入ろうとした名前の腕を掴んで引き止める。


「名前、」

「……なに」

「お前こそ僕に言うことないのか?」


僕はじっと名前を見つめた。


「そっか。赤司、京都行っちゃうんだー…」

「…寂しい、かも」



寂しい、って言え。その一言でいい。テツヤと図書室でしていた会話も知ってる。だからそれを僕に言え。そしたら僕は優しくお前を抱きしめて、二度と突き放して手離したりしないのに。


「はぁ?あるわけないじゃん。言ったでしょ、もう話したくないって。だからさっさと離して」


まあ現実はこれだ。無理やりほどくように僕の手から名前の腕がするりと抜ける。やり場の無くした僕の手は空中でぎゅっと何か潰すように握った。


「…そうか。だったらいい。さっさと帰って受験勉強でもしたらどうだ。頭が悪いんだし」

「そうですね。私は推薦で京都に行くアンタと違って忙しいのでもう二度と話しかけないで」

「受験なんか落ちてしまえ」

「うるさい!」


バタン!と乱暴にドアを閉めて家の中に入って行った名前に小さく舌打ちをした。


肝心なことはいつも伝えられない

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