「…………」

「…………」


なんか、見られてる。


「………」

「………おい」

「ナンデスカ」

「………」

「………?」

「……やっぱ、なんでもね」

「は?」


5時間目の体育は5組と合同だった。ぼーっと体育の端で突っ立っていれば隣の男子のいるコートから黒い奴がドシドシと歩いてきて、睨まれて、そして今に至る。黒い奴、もとい青峰大輝とは部活で顔を合わせても最低限の会話か喧嘩しかしないのに、なぜ今この空間で私の目の前にいるのか甚だ疑問だ。そして何かと思えば仏頂面で何か言いたそうに私を睨むだけ睨んで男子の輪に戻っていった。なんなんだ、アイツ。それからというもの、授業が始まってからも隣のコートから青峰の視線を感じ続けていた。怖いよママ〜。




「それじゃあ二人一組になって各自準備体操」


運動は好きだ。勉強は全くできないが、スポーツは得意。だけど私は体育の授業が大っ嫌いだ。なぜなら…


「センセー!苗字さんがあまってますー!」


そう、私が余るからだ!!!!!


「誰か苗字入れてやれー」

「えー、苗字さん、私たちのこと睨んでくるので嫌ですぅー」

「センセー!私その人たちに虐められてます!」

「はあ!?何言ってんのそんなわけないじゃん名前ちゃん一緒にやろー!」

「ブスがうつるから絶対に嫌」

「苗字マジで殺す」


うちのクラスの女子の人数は奇数。必然的に誰か一人が余ってしまう。つまりそれが私。生憎私のクラスには私も一緒に…という心優しい子はいないので結局いつもボッチ。大丈夫、もう慣れたさ…。


「苗字、じゃあ先生とやるかー?」

「えー、センセーなんかいやらしい目で見てくるので嫌です。あとなんか加齢臭が…」

「見てねーよ。それと俺はまだ23だから!加齢臭とかやめて!」

「チッ、新米教師が」

「お前成績下げるぞ」


結局、新米教師の石田と体操をすることに。これぞまさに愚行、なんて言ったらまた怒られた。


「じゃあ、まずシュート練習してから、それからクラス毎にゲーム始めるからチーム考えとけよー」


なんてこった。本日の授業内容はまさかのバスケ。やりたくないなー。だって楽しくないし。やったところで誰もチームに入れてくれないだろうし!


「センセー、私見学でいいですかー?」

「ん?どうかしたか?」

「捻挫しちゃって」


そんな理由は建前で、ジャージの裾を少し持ち上げてさっき緑間に手当てしてもらった足首を見せると心配ながらに先生は納得してくれた。私は先生の隣で得点板の係を命じられ大して面白くもないのろのろとした試合はぼーっと見ていた。


「うおー!すげー青峰!」

「さっきのドリブルもやばくね?かっけー!」


突然、隣の男子のコートがどっと盛り上がりを見せて思わず振り返る。すると丁度ダンクを決めた青峰が視界に入った。なにそれ。どんだけ飛ぶの。高すぎだって。


「すご……」


思わずそんな声が漏れるほどには感動していた。同じチームの男子に囲まれて笑ってる。みんなの中心であんなに楽しそうにバスケをする青峰が、少しだけ、本当に少しだけ羨ましいと思った。


「いいなー…」

「!」

「…!?」


無意識で出たその言葉に思わず自分でも目を丸くした。だけどそれより驚いたのは青峰と目が合ったことだった。この距離で私の声は聞こえるはずもないのに、青峰はこっちを見た。慌てて逸らせば、ネットを挟んですぐのところに黒子が立っていたので得点板をほったらかして黒子にちょっかいをかけに行ったらウザがられた。


「体育委員、終わったら片付け頼むぞー」


ようやく授業が終わり6時間目の日本史は寝るだけだなー、と考えながら全体の号令とワンテンポ遅れて頭をさげる。みんながぞろぞろと体育館を出て行く流れに乗じて歩き出せば「アンタ体育委員でしょ」とゴリラ女に背中を押された。


「は?体育委員になった覚えないんだけど」

「委員決めのときアンタ寝てたから勝手に余ってた体育委員になったのよ」

「まじかよ手伝って」

「バカじゃないの」


ゴリラは鼻息をフンと荒くしてスタスタと体育館を出て行く。すると今度は「ねえ苗字さん」と知らない声に肩を引かれた。


「何?」


振り返ると5組の体育委員の女の子が「ごめん!」と手を合わせてきた。


「私これから職員室に行かなきゃなんだよねー。悪いんだけど片付け任せてもいいかな」

「…別にいいけど」


このくらいの片付けなら一人でできるし私が承諾すれば「ありがとー!」と言ってさっさと体育館から出て行った。その子が最後だったのか、気づけば体育館にはもう誰もいなくて、私だけがポツンとそこに立っていた。まずはボール籠を体育館倉庫にしまおうとしたが、体育館の端にひとつだけ拾い忘れていたボールを見つけてそれを手に取る。ちょっとした気まぐれだった。スリーのラインに立って、左腕を重心にしてそのボールをゴールに向かって投げ込めば不安定だけどギリギリ入った。ちょうど私の前まで転がってきたボールを拾い直し、今度は右腕を重心にボールを放つ。まさかね、と思い投げたボールは虚しく落ちるだけでリングにすら届かなかった。


「やっぱり」


ちょっと自嘲気味に笑ってみる。だけど、少しだけ悔しくて、少しだけ悲しかった。私にはもう何も残ってないって思い知らされたようで。


「下手くそじゃねーか」

「!」


ゴールから外れたボールの行く先を追うと止まった先に誰かの足が見えた。聞こえた声はここ数日で嫌というほど喧嘩したヤツのもので、足元から上に向かって見上げるとやっぱり私を小馬鹿にしたような顔で笑ってる青峰がいた。


「…何でいんの?」

「お前に仕事押し付けていったやつ、面倒な仕事なくなったから購買でジュース買いにいこーって友達と走っていったぞ」

「え、私騙されて仕事押し付けられたの?」

「気づくの遅えよ」

「……で、アンタは何しにきたの?」

「もしかして、仕事押し付けられてうわ〜んって泣いてんじゃねーかと思ってバカにしにきた」

「そんなことで泣かないし。言いたいことがあったから来たんじゃないの?今日ずっと私のこと見てた」

「言いたいことねぇ…。あるっちゃあるけど」

「マネージャー辞めろ的なこと?」

「ちょっと違う」

「じゃあ何?告白?」

「殺すぞ」


青峰は足元のボールを拾いあげると、ドリブルをしながら助走をつけてゴールの目の前で勢い良く跳ぶ。それは授業で見たダンクよりも高くて、強くて、眩しかった。


「お前ダンク決めたことある?」

「あるように見える?」

「ねえか。お前チビだし」

「喧嘩売ってんの?」


青峰はゴールにぶら下がりながりながら「ちげーよ」と返し、そのまま地上に降り立って、今度は私にボールを投げてきた。それをキャッチすれば青峰はこっちに近づいてくる。こいつのしたいことがまったくわからなくて、首を傾げていれば青峰は私の後ろに回り両脇の下に手を入れてそのまま私を持ち上げた。


「は!?ちょっと!!!」

「ダンク、決めさせてやるよ」

「いやいやいや、だからって何で抱っこするの!?恥ずかしいから降ろしてよ!」

「お前に恥じらいとかあったの?」

「殺すよ!?」

「いいから早く決めろよ」


ゴールはすぐ目の前だった。青峰の身長で私を持ち上げたりしたらゴールになんてすぐ届く。意味がわからないけど、こいつは私がボールを叩き込むまで下ろす気はないだろう。「重い!腕が死ぬ!はやく!」と言われたことは聞かなかったことにしておこう。私も同い年の男の子に抱っこされるというのは結構恥ずかしいので、青峰が決めたダンクの勢いを真似てゴールにボールを叩き込んでやった。初めて決めたダンク。あいにく青峰のお手伝い付きだが、ちょっとだけ嬉しくなった。


「満足かー?」

「………」


素直に頷くのは何だか癪で、黙ってみる。きっと青峰は、私がダンクを決めた青峰を羨ましそうに見てたのを知ってたんだ。でも、何で。私のこと嫌いだったはずなのに。


「…お前のこと嫌いって言ったけど、訂正するわ」

「は?」

「お前さぁ、肝心なことは言えよ」

「だから何が?」

「腕のこととか、言われなきゃわかんねーよ」

「…聞いてたの、緑間との話」

「俺がベッドで寝てるときに後から保健室に来たのはお前はだぜ」


なんてこった。もう1つのベッドのカーテンは閉まってたから誰かいるのはわかってはいたけど。まさかそこに青峰がいたとは。緑間も言ってくれればいいのに。それともわざと言わなかったのかな?だったらいい性格してやがる。


「お前はバスケがなくなったら自分には何も残らねーって言ったけど、何もなくたっていいだろ」

「え、」

「お前に期待してた人間はたくさんいたんだろうけど、お前の努力を知ってる人間はお前が空っぽになったって、バスケ辞めたってお前を責めたりしねぇよ」

「……!」


確かにそうだった。パパもママも、友達も、みんな、誰も私を責めなかった。バスケを辞めたとき「お疲れ様」と優しく私の頭を撫でるだけで、誰も私を責めたりしなかった。


「俺も、お前のこともう責めたりしねぇよ。だから、その…」


悪かったな、と頭を掻きながらぎこちなく謝る青峰に思わず噴き出してしまう。笑ってんじゃねーよ、と青峰は乱暴に私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。こいつといい緑間といい、今日はなんなんだろう。仲直りデーなのかな?


「お前がまたバスケやりたくなったら、また好きになったら、そのときは相手してやるよ。だからーー」


だから今は空っぽのままでもいいんじゃねぇの?


「…!」

「なに泣きそうな顔してんだよ」

「や、なんていうか…ちょっと嬉しかったかも。ちょっとね」

「……そーかよ」


青峰はちょっと照れくさそうに顔をふいっと逸らした。


「青峰、」

「あ?」

「私からも一言」

「………」

「アンタは似てるよ、昔の私に。バスケが好きだった私に」


誰よりも楽しそうにしてた青峰の顔を見てしまったから。わかるよ。あの頃の私と同じだったんだって。バスケが大好きで、楽しかったんだって。だから、わかるの。


「いつか、自分の才能に苦しむ時が来るかもしれない。バスケが嫌になるかもしれない。そうなるとは限らないけど、もし、そんな日が来たら」


私は青峰を助けられない。
助ける方法がわからない。
私には、わからなかった。

だから私はバスケを捨てることしかできなかった。でもそれが正解なのかもわからなかった。今もわからない。もし青峰にそんな日が来てしまったら私は正解なんて教えてあげられない。でも、


「助けてあげられないけど、ちゃんと見ててあげるから」

「!…ハッ、なんだよそれ」

「もしもの話だよ。だから軽く聞き流していーよ」

「…あっそ。じゃ、そん時は頼むわ。マネージャーさん」


ポン、と青峰の大きな手が私の頭に乗せられる。私のことを初めてマネージャーと呼んでくれた青峰に思わず笑みがこぼれてしまう。だってそれってつまり青峰が私をマネージャーとして受け入れてくれたってことだよね?




「ま、この私がマネージャーになるんだからありがたく思いなさいよ」

「何で上から目線なんだよ、バーカ」



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