「やぁ、来ると思ってたよ」
「赤司君エスパー?」
「そんな気がしただけだよ」
練習を切り上げた黒子とは体育館で別れ、私は一軍のいる体育館へと向かった。そこには赤司君と緑間と紫の巨人とガングロがいた。そんな中、赤司君は私に気がつくと私に向かって手招きをする。そして私の行動をまるで想定内とでも言うように笑った。きっと彼のことだから私が何を言おうとしているのかもわかってるはすだ。
「答えは出たようだね」
「うん。私マネージャーやってみようかなっ思って」
「そうか、考え直してくれたみたいでよかったよ。どういう心境の変化だい?」
「近くで見てみたい選手がいるの」
「君が注目する選手?」
「そのうち一軍に上がってくるかも。今はまだまだだけど」
「あぁ、楽しみにしておくよ。なにより有能なマネージャーが入ってくれて助かる」
よろしく頼むよマネージャーさん、そう言って赤司君は私に笑いかけた。すると近くにいた緑間は「フン、精々人事を尽くすのだよ」と朝と同じことを言ってきた。
「まじでお前マネージャーやんの?最悪」
そして私の天敵、青峰大輝ログイン。
「お前のマネジメントは絶対しないから安心しろ」
「んだとブス」
「ドリンクに毒入れてやっからな!」
というのが、昨日の話である。
「えー…この度マネージャーになってしまいました苗字です。好きなことは休日の三度寝。嫌いなものはバスケです。クラスメイトの口車にうまいこと乗せられてマネージャーになってしまったのですがすごく後悔してます。よろしくお願いします。あ、友達いないので募集中です」
「バッカ!そんな自己紹介でよろしく出来るかっ!あとさりげなく友達作ろうとすんな!」
「あいてーっ!」
挨拶が終わると同時に隣にいた虹村サンのゲンコツが降ってきた。この人容赦ないな…。頭を抑えて見上げると虹村サンは「もう少しやる気ある挨拶しろ」と言ってきたので「よろしくオナシャス!」と言ってみたがまあ反応はイマイチだったのは目に見えてわかる。逆隣にいた赤司君も苦笑いである。私がバスケ嫌いと言ったせいか「じゃあ何でマネージャーになったんだよ」と言いたげな部員たちの表情も引きつっている。そんな中で紫の巨人だけがどうでも良さそうな表情でぼーっと突っ立っていた。絶対あいつ話聞いてない。
そもそもやる気がないのだから気合いの入った挨拶なんてできない。確かに私は昨日自分の口からマネージャーをやると言ったよ?あぁ、言ったさ。だけどな、まさかこんなことになると思わなかったんだよ。面倒だったが自分からマネージャーをやると言ってしまった手前、サボることも出来ずにこうして渋々部活に出ているのだ。それだけでも褒めてほしい。
「私、黒子があんなこというからマネージャーになったのに何でこうなるかな?」
「僕に言われても…」
「私なんで一軍の担当なの!?」
「一軍は主力メンバーなので経験者の君が必要だったとか?」
「だったら私の昨日の決意はどうなんの?」
休憩の合間、私は黒子に一言文句を言ってやろうと三軍の体育館へ押しかけた。確かに昨日私は黒子の言葉に心が動かされた。
僕のバスケを近くで見ていてください。
だからそのつもりだった。それなのに私の担当は一軍。うちの部のマネージャーは私の他に3人もいる。マネージャーが足りないと言っていたのに嘘だったのか、と文句をいえば虹村サン曰く「部員が多いからマネージャーもそれなりに必要なんだよ」とのこと。だからって入ったばかりの私を一軍担当にしなくてもいいだろう。
「すみません、僕も苗字さんの担当のことまでは考えてませんでした」
「素直に謝んないでよ私がすごい意地悪なやつみたいじゃん」
「違うんですか?」
「怒るよ」
体育館の脇に黒子と並んで座りながらどうでもいい話をしていたらあっという間に休憩が終わってしまった。と言っても休憩を与えられたのは部員だけであってマネージャーの私には休憩なんてなかったんだけど。
「じゃあ私も戻るよ」
「あ、苗字さん…!」
「…ん?」
その場を後にしようとした時、黒子が私を引き止めた。
「一軍で待っててください」
そう言った黒子に私はさっき練習の合間に抜け出して自販機で買ったドリンクを投げて手を振った。本当は私が飲みたくて買ったんだけど、黒子が頑張ってるご褒美にあげるよ。私って超優しくない?
「早くしてよ。じゃないと辞めるからね」
「はいっ!」
黒子が嬉しそうに笑っていたのを横目に私はこの後、鬼が待ち構えてることも知らず一軍の体育館へと戻ったのだ。
「てめー仕事サボってどこ行ってたんだ苗字コラァ!」
「いてーーっ!」
一軍の体育館に戻れば鬼…いや虹村サンの本日二度目のゲンコツが降ってきた。また暴力!目に涙を浮かべながら上目遣いで虹村サンを見上げたら「そんな顔したって無駄だからな!」と言われた。チッ。
「苗字、マネージャーになったからにはしっかり働いてくれないと困るよ?」
「すまん…赤司くーーって、え?今、」
虹村サンの後に続いて歩み寄ってきた赤司君に思わずキョトンとしてしまった。今、私のこと「苗字」って呼んだ?昨日まで「苗字さん」って呼んでたのに?どういう心境の変化なの?
「同じ部活の仲間なのに他人行儀になる必要はないだろう?」
「あぁ、赤司君なりのコミュニケーションだったんだね。じゃあ私も赤司って呼んでいい?実は君づけ面倒だったから」
「最初からそう呼べばよかったじゃないか」
「だって赤司様とか呼ばれてる人のこと呼び捨てにできる?」
「別に構わないよ」
「じゃあ呼ぶ。あーかーしー」
「ん?」
「ちょっと呼んでみただけ。うん、こっちのほうがしっくりくるわ」
「…そう」
なんか親近感湧いたかも、と言えば彼は「それはよかった」とすこし照れながら笑った。可愛いとこあるじゃん赤司様。にやりと笑った私に赤司は「君は嫌なやつだな」と困ったような顔で言った。うん、よく言われる。
「見た?赤司が今照れたよ!可愛い!ねえ!虹村!」
「おい、俺は呼び捨てにしていいなんて言ってねーぞ」
やべっ。赤司につられて主将様を呼び捨てにしてしまった。虹村サマがお怒りだ。「オラ、次ゲーム練習するからさっさと仕事しろ」と軽く頭を叩かれた。
「ねえねえ〜」
「…ん?」
ゲーム練習が始まってスコアを書いていた私の視界が一瞬で暗くなった。上から降ってきた声に顔を上げると紫の瞳とバチリと目が合った。な、なんだ!?デカイ奴だとは思ってたけど、こうして目の前でみるとほんとでけーな。てか目つき悪っ。確か名前は…
「紫川…」
「…ちげーし」
「あ、紫原か」
さっき赤司が私のためにくれた部員名簿を確認すると「紫原敦」と書かれていた。紫原は仏頂面で私に手を伸ばした。
「ドリンクちょーだい」
「あぁ…」
どうやら選手交代だったらしく、さっきまで私の隣で頬を赤らめて私のことを見ていた二年生の部員がコートに入っていった。あいつは確実に私に惚れていたな…。まあ、それはどうでもいいとして、自分の出番がなくなった紫原は私の隣にドスンと腰を下ろした。ドリンクを手渡すと大きな手で受け取って喉に流し込むとダルそうに「もう帰りたいんだけど〜」と文句を垂れていた。その一連の動作をじーっと見ていたら紫原は私の視線に気づいて私を見る。
「なに〜?」
「バスケ楽しいのかな?って思って」
「はぁ?」
別に楽しくねーし、とふてぶてしく言われた。なんとなく予想してた答えに私は「ふーん」とだけ返す。短時間の間だけど私が見ていたこのゲーム練習でたくさん部員がいる中で、紫原だけは違った。みんな必死に汗を流して練習する中、この男だけはどこか冷めてるようなダルそうな顔をしてボールを追いかけていた。本来ならやる気ないやつにショーゴも含まれるのだが、本日ショーゴはサボりで居ません。
「楽しくないのにやってんの?」
「ん〜、勝つことは嫌いじゃないし向いてるからやってるだけ〜。めんどくさいから練習は嫌だけど赤ちんが練習出ろっていうから」
「赤ちん?」
「赤ちんは赤ちんじゃん」
そう言った紫原の視線の先はコートを走る赤司の姿。なに赤ちんとか呼ばれてんのウケる。
「別に練習しなくたって試合には勝てるのにさ〜」
「自信を持つことはいいことだぞ少年」
「そのキャラ何?…てか怒んないの?」
「え?なんで?」
不思議そうに首を傾げて私を見た紫原に私は尋ね返す。
「こういうこと言ったらみんな嫌味だって怒るから。とくにミドチンとかは人事がなんちゃら〜って」
ミドチンって誰だよ。さっきからちんちんちんちんって私には下ネタにしか聞こえないんだけど。
「紫原は私に怒られたいの?」
「ウザいからヤダし」
「…お前の言い方イチイチ腹立つな。まあ別にアンタがバスケをどう思ってようが怒んないよ。価値観なんて人それぞれだし。ぶっちゃけ私もマネージャーとかめんどくさくてやってられないしねー。まあ、なっちゃったからにはやらなきゃいけないんだけど」
「…あっそ〜」
そんなどうでもよさそうな素っ気ない返事とは裏腹に紫原はどこか嬉しそうな顔をしていた。きっと似たような価値観の人間がいたことが嬉しかったんだろう。可愛いやつめ。
「私たち仲良くできそうだね。私のこと親友だと思ってくれていいよ」
「ウザいんだけど〜」
「おい」
睨むと顔を逸らされた。だけどなにやら自分のジャージのポケットを漁り始めた紫原はその手を私に向けた。
「ん…」
「はい?」
「あげるって言ってんの」
早く、と言って半ば強引に私の手のひらに置いたのはグレープ味の小さなキャンディ。思わずキョトンとしていたら「あの紫原がマネージャーにお菓子あげてる!」と部員が物珍しそうに言っていたので、どうやら彼の行動はレアだったらしい。
「仕方ないから仲良くしてあげるね」
「やっぱウザいわ〜」