「あ、名前ちゃん!おはよーッス」

「………は?」

「ちょ、おはように"は?"は酷くないッスか!?」


朝練を終えて教室まで向かう廊下を歩いていたら突然目の前に現れた存在に顔を顰めた。私だって普通のやつに挨拶されたら普通におはようって言うわ。でも今、私の目の前に立って挨拶をしてきたのは先日食堂で出会ったばかりのモデル、黄瀬涼太だった。


「何で?」

「え、その質問は何に対しての何で?」

「いや私たち挨拶交わす間柄でしたっけ?てか名前ちゃんって」


ちょっと恥ずかしいだろーが!そして目立つんだよ。廊下で!学校で人気者のモデルくんと!学年で浮いてる女が廊下でおはよーとか言ってたら!!!


「名前ちゃんと友達になりたいんス!」

「ハァ?そうやって私を丸め込んで写真集買わせる気だろ!いくらだ!?ください!!」

「何で財布出してんスか!買うんスか!?」


お前の写真集が先週発売したことはG◯◯gle先生で調査済みなんだからな!昨日家に帰って【黄瀬涼太】でめちゃくちゃググったんだからな!表紙かっこよかったよ!!!


「ははっ、やっぱ名前ちゃん面白いッスわ」

「何も面白くないが」

「ん〜性格?昨日も思ったッスけど、ちょっと他の子と違うっていうか…個性的?なんて言うんだろ、絡みにくい?」

「え。悪口?」

「あ、いや、悪い意味じゃなくて」

「絡みにくいって思いっきり悪口だろ」

「俺の想像の斜め上を行くというか…だから見てて面白いし、もっと名前ちゃんのこと知りたいなと思って」

「私を奇行種みたいに言うなよ…」

「そういうことだから宜しくしてくれると嬉しいッス!」


そういうことってどういうことだよ。冷静に心の中でツッコミを入れたがなんかもう面倒だったのでテキトーに返事をしておいた。こうして私は黄瀬涼太という男と奇妙な友達関係が始まったのだが…





「あ、名前ちゃん!」

「あ、黄瀬」


「名前ちゃん、聞いて〜」

「なに?」


「名前ちゃん、これから体育ッスか〜?」

「そうだけど」


「名前ちゃん一緒にお昼食べよ!」

「いーけど」


「名前ちゃん、名前ちゃん」

「いやウザいな!!!!」

「え!?!?」



あれからというもの廊下ですれ違えば挨拶をしてきたり、見つけてはすぐ走って声をかけてきたり、私を視界に捉えると名前ちゃん名前ちゃんと犬のように走ってくる。いくらなんでもウザい。ウザいぞ黄瀬。


「アンタよく私のところに来るけど友達とかいないの?」

「名前ちゃんじゃないんだから友達くらいいるッスよ」

「え、何でさりげなく私のことディスってんの?」


昼休みになれば黄瀬は毎回お弁当を持って私の教室に迎えにきてから空き教室に向かう。私と黄瀬しかいない空き教室でお弁当を食べながら何てことない会話をする。別にそれが嫌ではなかったし、私としてはせっかく出来た友達とお昼ご飯を食べれるのは嬉しいことだが、黄瀬は別に友達がいないわけじゃない。自分から誘わなくても黄瀬の周りには自然と人が集まるんだから、わざわざ私のところに来る理由がよくわからなかった。


「なんか名前ちゃんといると楽っていうか、自分のとこ飾らなくていいって言うんスかね?」

「はぁ…」

「素でいられるってことッス!」

「んー、よくわかんないけどアンタがいいならそれでいいよ」

「あ!そういえば明日の放課後ひまッスか?新しいカフェが出来たんスけど名前ちゃんと行きたいなーって思って」

「女子かよ。でも残念ながらそんな名前チャンは放課後ほぼ部活だから」

「え!?名前ちゃん部活入ってたの?何部?」

「デブ」

「クソ面白くないんで喋るのやめてもらっていいスか」

「おい、言い過ぎだぞ」


とまあ、こんな感じで黄瀬とはうまく?やれていると思う。






「最近、昼休みは教室にいませんね」

「うん、新しい友達できた」

「苗字さんに、ですか……?」

「まじで驚くのやめてくれない?」


私の後ろの席の男はだいぶ失礼な奴だ。私を見て目をかっ開いている黒子を睨む。


「そのお友達と一緒にお昼食べてるんですか?」

「そうだけど。なに〜?もしかして私が教室に居なくて寂しいの黒子〜」

「そんなわけないじゃないですか」

「そこまで否定しなくても…」

「まあ、でも安心しました。君にも少しは社交性が身についたようで」

「なに心配してくれてたの?」

「まあ、一応」

「アンタ私の親みたいだね」

「嫌ですよ、こんな手のかかる娘」

「パパ〜〜」

「ちょ、抱きつかないでくださいよ」


ふざけて黒子に抱きつこうとしたら呆気なく阻止されて終わる。しかも真顔で。


「そんな素っ気ない黒子クンも好きっ!」

「はいはい、そうですか」

「テキトーに流すな!」


ムッとする私を見て黒子は小さく笑った。黒子はよく私の反応を見て楽しんでいる。前に私は表情に出てわかりやすいから見てて面白い、なんて言われたこともあったっけ。悪趣味なやつだけど私も黒子と話しているのは好きだ。


「あのね、黒子」

「なんですか」

「黒子がバスケ部に誘ってくれて、私友達増えたんだ。ちょっとだけ前より学校が楽しいよ。黒子のおかげ」


だからありがとね、そう言うと黒子は「僕はマネージャーに誘っただけですよ」と言った。


「友達ができたのは苗字さん自身が頑張って勇気を出したからなんじゃないですか?」

「そうだとしてもきっかけをくれたのは黒子だよ」

「それなら、誘ってよかったです」


黒子はそう言って笑った。


「優しいよね、黒子は。いつも私のこと気にかけてくれる。私が黒子の立場だったらそんな風に他人を気に掛けてられないよ」

「僕だってそうですよ。みんなのことを気に掛けてあげられるわけじゃないです」

「じゃあ何で私のことは心配してくれたりするの?」

「…君だからですよ」

「えー、なにそれ理由になってないし」

「なってますよ、ちゃんと」

「はー?」


眉間にしわを寄せて首を傾げる私に「ほら、先生来ましたよ。前向いてください」と言って黒子は無理やり私に前を向かせた。



「やっぱり馬鹿ですね、君は」



いつか、その言葉の意味が君に伝わりますように。



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